2011年01月22日

2011。

たいへん遅ればせながら...

新年あけまして

おめでとうございます。

本年もどうぞ

よろしくお願い申し上げます。








1/2より一週間、ドイツ&ポーランドに出張に行っておりました。

出張の内容はさておき、激動の一年を予感させるものでした。

間違いなく、忙しい一年になるでしょう。

というか、忙しい一年にしなくてはなりません。





2010年は、いわば自分にとって 「変化」 の一年。

2011年は、 「進化」 の一年にしたいですね。

そう、−10℃の世界で誓ってきました。



IMG_01353.JPG

IMG_4980.jpg

IMG_110104.JPG
2011.1.4 Poland, Warsaw





先日、情報収集している際に、ふと思い出してのぞいてみた

世界にひとつの肩書きを持つ男、ハイパーメディアクリエイターさんのブログ

エリカ様の日本復帰の噂とともに、またいろいろと追い回されるのでしょうね。

その真相とか彼のお仕事にはまったく興味がないのですが、

「世界の動きをとらえる視点」 は参考にさせていただきたい。

なんせ、〜評論家と呼ばれる人たちよりまちがいなく世界を飛び回り、肌で感じているだろうから。



2011.1.12 の彼の投稿 「8月27日。」 によると、

新世紀のはじめの10年は乗り換え期間。

つまり、昨年2010年までが二十世紀。

今年2011年からが本格的に二十一世紀に突入すると。



この表現は、あながちまちがってはいないかもしれない。

先日、ついに中国が日本のGDPを抜き世界第二位になった。

足踏みを続ける日本を尻目に成長を続ける中国、ASEAN諸国。

facebookをはじめ、世界を席巻するソーシャルメディアは、メディアの形態そのものを変える。

昨年と言われていた「電子書籍元年」は、おそらく今年だろう。

新世紀の幕開け、世界も激動の一年になるかもしれない...





とか、そんな世界のことを考えるより先に

「引っ越し」 と 「PC買換え」 という身近な新世紀の幕を開けねば!

ちなみにいまこの文字を打っているPCは、大学入学時に強制購入させられた8年もの。

奇跡のパソコンです。

ときどき雷のような音が鳴り、電源が落ちます。

お別れですね。





そんなこんなで、

みなさま、今年もよろしくお願いしまっす。



呑もう♪
posted by kissi at 14:00| Comment(5) | TrackBack(0) | Daily | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月17日

世界の果て。なんにもなくて、すべてがある場所。

ひとつ、夢がある。

ある時、ぽっ と生まれた夢で、

それは、仕事の成功とか将来こうありたいといったような時々で変化する夢とは別のところに置いてある、

ただ単純に、純粋に 「行ってみたい」 というだけの夢。





世界の果て、アイスランド。

その大地に、いつの日か立ってみたい。

ただ、それだけの夢。










icelandcity.jpg

icelandscape7.jpg

icelandscape2.jpg

icelandscape3.jpg

icelandscape4.jpg

icelandscape5.jpg


なんにもなくて、すべてがある場所。





icelandpeople.jpg

icelandgirl.jpg


“幸福度” というよくわからない指標を用いた世界の国別ランキングがたまに発表されるが、

必ずアイスランドは上位に入る。

このランキングを信じるわけではないし、アイスランド人に直接聞いたこともないけれど、

本当に “幸せ” なのだろう。

それは自分が考える “幸せ” とは、おそらく異なるもの。

自分は、日本という国で生活し、他人や他の世界の情報に触れ、そして理想の “幸せ” を探し続けている。

アイスランドの人たちはどうなのか。


icelandfisherman.jpg


もちろん、島国のアイスランドはいくつもの変化や苦しい時代を生きてきた。

ただ、昔から変わることのない自分たちの “あるべき姿” を決して忘れてはいない。

from COURRiER Japon 2008年12月号―「金融危機」後の世界―
≪バブルがはじけた現在(いま)、漁業とアートの国に戻ろう≫

73歳の老人、パルメー・ヴィダルはこう言っている。
―「この小さな国は昔から、大祝宴の狂喜と飢饉の苦しみを繰り返してきました。羊バブルがはじけたり、ニシン船が釣果なしで戻ってきたりしたこともありました。しかし、どんなときでもアイスランド人は不撓不屈でした。ここ数年、私たちの社会は、あまりいい方向に進んでいませんでした。私が子供だった頃、入り江に魚釣りに出かけ水に濡れたら、翌日まで魚釣りには行けませんでした。ズボンを一着しか持っていなかったからです。最近の人たちは、ズボンを持ちすぎていたのでしょうね」

アーティスト/デザイナーのヨーン・サイムンデュル・アータルソンはこう話す。
―「この国の文化は私たちに力を与えてくれます。アイスランド人は誇り高き民族で、もっとつらい状況も生き抜いてきました。数百年前に火山が噴火したとき、アイスランド人は穴を掘って地下で暮らしていたそうです。そもそもこの国にお金が出回るようになったのは第二次世界大戦後のことにすぎません。餓死することなんてありませんよ。魚がたくさんいますからね」


近年、“外部” からの影響による経済破綻の危機巨大IT企業の進出天然資源を狙う各国の存在など、

様々な変化が取り沙汰されている。

ただ、その場所で生きる人たちにとって、

これからも決して “変わらないもの” “変えないもの” があるのだと思う。





icelandscape6.jpg

icelandhotspring.jpg


普通に生活していれば決して出逢うことのできない、その地の空気、文化や価値観を体感する “夢”。

大地から噴き出した温かな水が溜まった広大な地球の “くぼみ” に浸かり、果てしなく青い空を見上げながら

「さあ、来たぞ。 いま、どう感じる?」

と、自分自身に問いかけてみたい。

その時にはもっといろんな世界を見ているかもしれない自分が、

「なんだ、こんな何もないつまらない場所に来るのが夢だったのか」 と思うのか、

「すべてがある」 と感じるのか、

それは、その瞬間にしかわからない。





Sigur Rós - Glósóli [Heima]




夢が、ぽっ と生まれた瞬間。

2005年7月9日、旅先、グラスゴーの小さなライブ会場。

不思議なベールに包まれたステージ目の前で、

それまで出逢ったことのない、まるで空間の境い目が吹き飛ぶような、壮大な音の世界にいた。

“なくした太陽を探しにいく” という物語。

自分が生きてきた場所には存在しない、その場所でしか生まれ得ないようなその音に触れ、

「この音が生まれる場所に行きたい」 と願った。

その後、「せっかくその場所と近い距離にいるのだから行っておこう」 と、

留学先のロンドンに戻ってすぐに格安エアラインでレイキャビク行きのチケットを購入したが、

原因不明のカード会社のエラーでキャンセルとなり機を逃すことになった。

でも、あの時点の無知な自分で行かなくてよかったと、いまは思う。





“夢” として心に置いておき、いつかどこか相応しいタイミングで、必ず叶えようと思っている。

“夢” といっても、別にその場所で暮らしたいわけではない。

ただ、感じておきたいだけ。

その世界の果ての “なんにもなくて、すべてがある場所” に立ち、呼吸し、

その地で暮らす人々の生活に触れることは、

自分にとって必ず、その後の生き方を考える大きなきっかけになるだろう。

いま、そう思う。





icelandscape8.jpg

icelandscape1.jpg

icelandvolcano.jpg

icelandaurora.jpg










参考:
Visit Iceland:http://www.visiticeland.jp/happy/index.html
ORGANIC STONE:http://blog.goo.ne.jp/pointdpo/e/eb4dfd7d81aa0b6d533d99d672838a15
COURRiER Japon 2008年12月号

posted by kissi at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | World | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月20日

偶然のつながりと、遠くで生まれる音楽と、喜びと。 [The Echelon Effect]

Twitter や SNS をはじめとしたメディアのおかげで、
当たり前のように見ず知らずの人と “つながる” ことができる時代。

ただ、自分としては正直まだ “戦略的” にそうしたツールを利用しようと思うまでに至らず、
ゆったりと既存のつながりの中で楽しんだり日々の情報収集に利用している程度です。

今のところ、ビジネスにこうしたツールを活用する立場でもないので、
一応時代の流れだけは把握しておこうと思う限りなのですが、

中には、すてきな偶然の “つながり” もありました。



Twitter に登録した当初、とりあえずフォローしたのは好きなアーティストやニュースサイトだけ。
そしてほとんど何もつぶやかずしばらくが過ぎたころ、いつの間にかフォローされていたのが

The Echelon Effect さんでした。
1204702337-1.jpg

ページを確認した瞬間に、「お、これはいい出逢いだ」 と。

UK で活動するポストロック、エレクトロニカ、アンビエント系のアーティスト。

デジタル時代ならではの、ネット上での作品配信。

Radiohead の In Rainbows でも話題になった
“無料でダウンロード可能な配信スタイル(正確には、ファンが自分で価格を決められるシステム)”。

そして、やっぱりUKの匂いがする、静かで美しく、心に染みてくるようなサウンド。

日本の音楽文化とは明らかに異なる、遠くで生まれる音の魅力。











こういう偶然の “つながり” からすてきな音楽に出逢うというのも、うれしいものです。

このブログを見てくれている人の中にもこれ系の音が好きな人がいると確信しておりますので、
シェアさせていただきます。

よくよく見てみると、Sigur Ros のスタジオで収録しているアルバムもあるみたいです。
なるほど、そりゃ自分に響くわけだ。



落ち着いてくつろいだ時間に聴いてみてください。
そして、感想を聞かせてください。

もし心地いいと感じたなら、The Echelon Effect さんをフォローしてみてはいかが?


彼に送ったメッセージ:
「あなたのサウンド好きです。日本でCDは購入できるの?応援してますよ。」

彼の返答:
「まだ日本では売ってないんだ。でも準備してるところだよ。聴いてくれてありがとう :)」

:) ←この海外ならではの顔文字もひさしぶりに心温まるものがあります。


もちろん無料でダウンロードできるのは知っていますが、
昔から好きなものはカタチで残したい派でもあるし、彼を応援したい気持ちもあります。


ソーシャルメディアが発達し、こうしたアーティストたちの作品を発信するスタイルが広まれば、
各アーティスト個人が自分のページで作品を発表し、ファンが自分で価格を決めてダウンロードする。
そして、個人に広告が付き活動がサポートされる、なんていうモデルも大いにあり得る時代ですね。
大手レコード会社や事務所に搾取され、活動が制限される必要もなくなるのかもしれません。


音楽も、ショップで購入するものではなく、“つながる” 時代なのかもしれませんね。


Sharing the good music :)

posted by kissi at 02:35| Comment(0) | TrackBack(0) | Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月24日

それでも、牛と生きていく。

宮崎、27日に口蹄疫終息宣言
[2010年8月23日 ロイター]
http://jp.reuters.com/article/kyodoPoliticsNews/idJP2010082301000687






今年4月から、遠い宮崎の地で猛威をふるった口蹄疫。
先月に非常事態宣言が解除されてから、その状況はほとんど私たちの耳に入ってくることがなくなりました。
そして昨日、メディアから27日に正式な「終息宣言」が出される予定だと発表がありました。

しかし、たとえば “戦争” を思い浮かべてみます。
終戦の宣言が出されたからといって、人々の戦いはそこで終わりでしょうか。
街は破壊され、仕事はなくなり、愛する家族まで失った人々の計り知れない苦しみ...
本当の “闘い” は、そこから始まるのではないでしょうか。

宮崎の畜産農家の人々にとって、その長く壮絶な闘いは始まったばかりです。
突如襲ってきた口蹄疫という見えない敵に、牛と、共に生きる仲間たちとの穏やかな生活をすべて奪われ、
自らの手で大切に育ててきた子供たちを殺さなければならなかった痛みは、
私たちの想像の及ぶところではありません。
ニュースで放映された、にぎやかな主のいなくなった牛舎の前で立ちつくすおじさんの姿...
深く心に残っています。

ただ、彼らは再び立ち上がらなければなりません。
残された仲間たちとの生活を取り戻すために、県の産業復活のために、そして日本のために。
すべてを失った後、また一から新しい命を育んでいくために。





仕事のつながりで知ることができた、7月28, 29日の読売新聞に掲載されたある広告。

この広告のメッセージが、一人でも多くの人に届くことを願って、以下にご紹介させていただきます。



29072010262.jpg



それでも、

牛と生きていく。




闘いがはじまったのは、4月。

それは、長く厳しいものになりました。

わが子のように慈しんだ、牛たちのいのちが失われていく。

全国のともに牛と生きる仲間の営みを

守るためとはいえ、それはつらい決断でした。

それでも、歯をくいしばって、

宮崎の、全国の、牛と生きる人々がひとつになって

見えない敵、口蹄疫と闘ってきました。

さらには、畜産、酪農に関わる人々が、

昼夜を問わず懸命に、この闘いを支えてきました。

しかし、本当の闘いは、これからです。

あの牛舎に再び、牛たちが戻ってくる。

あたりまえに牛と生きる日々が帰ってくる。

その日まで、そしてその先も、

長く厳しい闘いは、つづくのです。



それでも、牛と生きていく。

その意志が、希望が、決して挫けないように。

私たちJAグループは、これからも、

全力で支えていきます。



一日も早く、また、牛と生きる日々を。

全農






Twitter でもつぶやかれていましたが、この広告は多くの人の目に留まったというよりは、
多くの人の“心に留まった”のではないかと思います。

「生きるという字に “牛” が入っている」 というコメントもありました。
確かに、牛という字に一本足すと “生” という字になります。

まさに、牛と共に生きていく人間を表しているようです。

写真のスコップを握る手は、大切な牛たちを、動かなくなった牛たちを、
別れを惜しむ間もなく、作業のように埋めさせられた後の手でしょうか。
牛たちの残した糞尿など、なつかしいようなその臭いのする遺物を、
牛舎から跡形もなく消し去る作業の後でしょうか。

その強く握った手が伝えるもの。

理不尽な運命への憤りと悲しみに打ち震えながら、

「それでも、おれたちは牛と生きていく」 という強い意志。



何にもできない私ですが、

宮崎のみなさま、心から応援しています。



posted by kissi at 22:12| Comment(4) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月03日

週末と終末の別れ道 @ 高柄山

中央線にいつもと逆のホームから乗車し、夏を感じに。

週末の気軽な旅、これも中央線の魅力です。

高尾からさらに中央本線甲府行きに乗り換え、四方津駅(山梨県)へ。

今回週末のリフレッシュを楽しむ山は、高柄山(たかつかやま―733m)。

昨年の富士山の時のT郎とともに。

20100801-002.jpg 20100801-003.jpg



通路を抜けると、そこはもう山でした。

20100801-001.jpg

20100801-004.jpg

20100801-008.jpg

ひさしぶりの山の匂い。

やっぱり山はいい。

20100801-007.jpg

ルートを間違え、行き止まりのトンネルへ。

20100801-014.jpg

20100801-012.jpg

しばし灼熱の太陽を避け、風を感じられる山の優しさ。

20100801-010.jpg



高柄山 山頂着。

20100801-016.jpg

20100801-020.jpg

20100801-019.jpg

T郎作、マーボー豆腐&親子丼は上出来。

20100801-021.jpg 20100801-022.jpg

一応、記念撮影。

20100801-029.jpg 20100801-030.jpg



ただ...

実はこの時すでに2人とも消耗し切っていました。

それもそのはず、この高柄山、

T郎の持っている 「関東の山あるき100選」 の中で “健脚向” に設定されているらしいです。

この本では関東近郊の山を 【健脚向28】 【一般向61】 【家族向11】 に分類していて、

高柄山は 【健脚=上級者向】 の中でも1000m以下でランクされている唯一の山なのです。

ちなみに富士山は 【一般向】 に設定されています。

つまり、たった733mだからといってナメきって、運動不足の解消と気分転換程度の週末の娯楽として

この30℃を超える猛暑の中、気軽に臨むような山ではなかったのです。

どうりでほとんど人と出会わないわけだ。

この話を登っている途中にT郎から聞き、なぜ最初に言わねえんだ!とキレそうになりました。



でも、もう登ってきちゃいました。

山は登ったら下りなければいけません。

ここから、週末と終末の別れ道に向かうことになります。

帰りの写真は一枚もありません。

それどころじゃなかったからです。



この高柄山、登りでも感じましたが、とにかく道が悪い。

そして登ったと思えば急に下り、そしてまた登るという激しいアップダウンの繰り返し。何十回も...

たとえば富士山のように道も良く、登るなら登る、下るなら下るという意識ではいられません。

本当に、精神的にまいるような道のりです。

そして、容赦ない陽射し。

山頂を出て30分くらいで頭が熱くボーっとしてきました。こういうのが熱中症というのでは、と思いました。

気分が悪く、こまめに休憩し水を取りながら、ひたすら歩きます。

ボーっとしてるからといって、一歩踏み外せば落ちていくような道も多く気が抜けません。

前方を歩くT郎もかなりしんどいはずなのに、気分を盛り上げようとサッカー部時代の声出しをしています。

「おーぃ、がんばろーぜーぃ」 というそのテキトーな掛け声に、気分の悪いおれはイラっとしっぱなしでした。

ふつうに 「うるせえ!」 とも言いました。

『落石注意』 という看板のある場所で、上から石をぶん投げてやろうかとも思いました。

人の優しさとか気遣いって、時と場合によっちゃ逆効果なんですね。



2人とも本気でヤバイと思い始めたのは、水が底を突きかけている中で、

下るべき道が再び急な上りになった時でした。

せっかくかなり下ってきたのに、また頂上を目指すかのような道のりに変わったのです。

さすがにこの時は2人とも顔を見合わせ、「ここまできて道間違えたのか?」 と絶望を感じたものです。

でも、もう戻って確認するような体力も残っていません。

後から話してわかったことは、T郎はこの時、山での夜や生死について想像していたそうです。

おれはおれで “遭難” の二文字が頭を過ぎり、110番かけたら山梨の管轄に直接つながるんだろうか、

などと本気で考えていました。



それから間もなくして、2人の水は底を突くことになります。

たった733mだと甘く考えていたのと、昼飯のマーボー豆腐で無駄に水を消費したことも原因のひとつです。

本当にもう、ダメかと思いました。



そんな時、水の流れる音が!

嬉しくて転げるように下りていくと、どこからか湧き出ている水が流れています。

頭が熱くておかしくなりそうだったおれは、真っ先に頭を冷やしました。

本当に、幸せな瞬間でした。

喉の渇きも限界でしたが、手ですくってみたその水は明らかに茶色く濁っています。

微生物や泥やなんやらがいっぱい雑じっているはずです。

正直ためらったおれは、隣でT郎が無我夢中でその水を飲んでいるのを目撃し、

極限状態の人間の姿を見た気がしました。

結局おれは一口だけその水を飲み、あとはいざという時のためにペットボトルに汲んでおきました。

T郎は1リットル近く飲んだそうです。

生きるか死ぬかで、濁りなんか気にしちゃいられなかったみたいです。



結果的に、その水場から10分程歩いたら上野原町の下山口に出れました。

最初の民家が見えた瞬間の嬉しさといったら、もうたまりません。

下山して最初の自販機で、なぜかカルピスを一気飲み。

そして道路に座り、改めてリュックに入っていた先ほど汲んだペットボトルの水を眺めてみます。

20100801-033.jpg

よくもまあ、こんな茶色く濁った水を飲んだものだ...

ただ、あの状況で選択肢はなかったのです。





今回の登山には多くの別れ道がありました。

道も間違えたし判断に迷った場面も多かったですが、結果的に無事帰ってこれました。

結果オーライです。

ただ、心底疲れました。

帰りに高円寺にて焼肉とビールで労いの乾杯。

無事に帰ってこれたからこそ語れる話をしました。

「おれ正直おまえ殺そうとしたからな〜」 とも正直に伝え、笑って済ませました。





これだけは言えることは、

山も人間も、見た目や数字じゃ測れねえってことですね。

改めて、山はイイ。

いろいろ人生を教えてくれます。

これからまた始まるであろう忙しい日々でも、必ず活きることでしょう。



しばらく山はお休みです。



posted by kissi at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月17日

夏の匂いと久石譲。

夏の匂いがしてきた。



久石譲のピアノが聴きたくなる。





ちっさい頃からピアノの音色が好きだった。

親はピアノを習わせたかったらしく電子ピアノが買い与えられていたが、
とにかく外で遊びたかった幼少時代にあまり触れることはなかった。
でも寝る時に、自動演奏のピアノ曲を流しながら眠りについていたのは覚えている。

携帯を持ってからは、毎年決まって梅雨が明けたくらいに、あるピアノ曲に着信音を変えていた。
まるで習慣のように、その時期が訪れると思い出すのだ。
急いで電話に出る必要のないあの頃は、しばらくメロディーを聴いてから出たものだ。

いまでは 自分にピアノが弾けたらなぁ と心から思う。





自分の中で、ピアノといえば久石譲だ。
ピアノの音の違いなんてさっぱり判らないのに、彼の音楽は一番心に染み入ってくる。

なんでだろう。
日本人だから?
ジブリとか北野映画が好きだから?

久石譲の音楽はどのように生まれるのだろう。

以前、R25のインタビュー記事に彼の話が載っていた。



「基本的に感性は信用しない」

「新しい恋や、刺激的な体験によって内面から音楽が湧き上がるのならば、
 逆にいうと、そういうものがない限り新しい音楽はつくれないことになる」

「音楽っていうのは、96%まで技術です。やりたいものがあってもそれをかたちにするには
 徹底した技術力が必要です。それは日々の努力で確実に身につく」

「技術を背景に、頭の中で分析してつくる。
 ギリギリまで理論で押し通し、最後の最後、曲が曲として完成するときには、
 ”1+1=2” にならない部分が出てくるんです。だから、芸術なんですよね」

R25 2009.09.17 Vol.251



音楽家というのは、いわゆる “天才” かとばかり思っていたが、そうではないらしい。
そういえば分野は違えど、イチローも本田圭祐も同じようなこと言ってたな。

久石譲の音楽は、彼の長年培った “技術” によって生み出される。
つまり、本当の “プロフェッショナル” なのだ。





しばらくピアノなんて聴いてないなーという方に向けて
独断で 「久石譲 ピアノ名曲ランキング」 を選んだので、
忙しい毎日の中でたまにはくつろぎながら聴いてみてほしい。

※あくまでも原曲がピアノ主体の作品で、ジブリの超名曲ピアノver的なやつは外しましたので、ジブリファンの皆様ご了承ください



≪久石譲 ピアノ名曲ランキング BEST10!≫


第10位: Oriental Wind ―CM「サントリー伊右衛門」より YouTube試聴

第9位: 鳥の人 ―映画「風の谷のナウシカ」より YouTube試聴

第8位: Feel ―映画「Dolls」より YouTube試聴

第7位: 帰らざる日々 ―映画「紅の豚」より YouTube試聴

第6位: 旅情  YouTube試聴

第5位: あの夏へ ―映画「千と千尋の神隠し」より YouTube試聴

第4位: Asian Dream Song  YouTube試聴

第3位: アシタカとサン ―映画「もののけ姫」より YouTube試聴

第2位: 銀河鉄道の夜



第1位: Summer ―映画「菊次郎の夏」より






第1位は、誰がなんと言おうと自分の中でこの曲。

この曲は自分にとって “リマインダー” のようなもの。

忘れかけていた大切なこと、風景、時間を思い出させてくれる。

コメント欄のように、この曲は多くの人の心にそれぞれの風景を描いてくれるはずだ。

いまの小中学生くらいの子供たちが大きくなってこの曲を聴いたとき、

大切な夏の風景が心に浮かぶような社会であり続けてほしいな と心から思う。





自分はというと、残念なことにいま携帯の着信音を "Summer" にゃできないし、
今年の夏は田舎に帰れるかもまだわからない...





でも

今年の夏も

久石譲のピアノでも聴きながら

今年は今年の夏を感じようと思う。

そして、またいつかの夏に思い出すのかもしれない。





あー



夏だ。

posted by kissi at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月06日

ハロー、ワーク。 ハロー、ブラインドワールド。

「こんにちは、お仕事」

誰がつけたのか、この愛称。

手続きのため初めて足を運んだが、

そんな愛嬌のカケラもない、巨大で冷たい印象の建造物内23階。

ハロー、ワーク。

060720102230.jpg

ニュースで見たとおり、人でいっぱいだった。

「こんにちは、お仕事」 とはいうものの自分でパソコンから探すわけで、

そこにある数十台のパソコンは、もちろん空席なし。

他の人の動きには目もくれずパソコンを見つめる人たちの周囲の壁には 「置引きに注意!」 の文字。

多くの人であふれているはずの空間は、不思議と病院の雰囲気に似ていた。



その後の会議室での説明会。机が一体化した窮屈なイスに座り、約2時間。

担当のおねえさんは淡々と事務的な説明を終えた後、

「みなさんが一日も早くお仕事に就けるよう全力で応援させていただきます」 と顔色ひとつ変えずに言った。

そして受講者はずっと顔色ひとつ変えずに聞いていた。





あまりにも窮屈だったため、ちょっと体勢を変えたときにペンケースの中身がバラバラと落下...

ビーチサンダルを履いた自分の足下に散らばったペンを拾おうと手間取っていると、

隣のおじさんが身をかがめて拾うのを手伝ってくれた。

スーツを着て歳は40〜50くらいのそのおじさんは、無言でペンを手渡してくれるとき、笑顔だった。

少し呆れたようなその笑顔は、

ビーサンを履いたマナーの悪い騒がしい若者をなだめる大人の表情なのか、

それとも純粋なおじさんの優しさが滲んだのか...

いずれにせよ、今日初めて見たその人間臭い笑顔に、

ほっ とした。





説明会が終わり、スタンプをもらうため当然のように無言で列をつくる人たち。

ロボットのようだった。

そして自分も、一言も発することなく手続きを終えてビルを出た。

結局 「こんにちは」 も言うことはなかった。





帰りの新宿駅構内。

相変わらずの人、人、人...

何かに憑かれたように無言で一点を見つめ足早に歩く人々。

ぶつかりそうでぶつからない。

不思議と静寂につつまれた世界。

ハロー、ブラインドワールド。

060720102326.jpg





高円寺駅を出ると、今日も消費税引き上げに反対する選挙カーの演説が行われている。

熱弁をふるう候補者の目は、社会全体ではなく、おそらく対立政党を陥れることしか見ていないのだろう。

「消費税の増税に反対!(おれも困る!)」

でも 「じゃあ日本の財政は誰がどうするんだ?(詳しいことはわからないけど...)」

そんなことっていっぱいある。

でもいまの社会で仕事をするって、少なからずそういうことなんだと思う。

何かを求めれば、何かは見えなくなる。 いや、見ないようにする。





ハロー、ワーク。

ハロー、ブラインドワールド。





Take Me Somewhere Nice...




posted by kissi at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月04日

まっさら。

まっさら になった。




漢字で書くと “真っ新(まっさら)”。




よく晴れた平日の午後、カフェでビール片手に、この時間を噛みしめています。


ビールも、キャンペーン中らしくなぜか白ビールです。


ある意味、優雅なひととき...




そう、無職です。




先月末で会社を辞めました。


この厳しい時代に何やってんの? と思う人もいるでしょう。


ボクもそう思います。


でも、まっさらにしたかったんです。


まっさらっていっても、過去を消してゼロからというわけではなく、


これまでいろんな色が塗られてきたカンバスを、いちど真っ白に塗り直すような。


ここから新しい色を付けていきたいのです。


また、時間が経って、白が剥がれて、下の色が浮き出てきます。


それが人生、それもまたすばらしい味になるのです。


別に自分には、特に惜しいような経歴もありません。


だから、思い切ってやっていこうと思うのです。


2010年です。


年初に、慌ただしい年のスタートを感じました。


タイム イズ ワンダフル です。


もしかしたら、タイム イズ テリブル になるかもしれません。


それはそれ、自分で選んだ道です。


幸い、周りにすてきに生きてる人がいっぱいいます。


おかしな人もいっぱいです。


「メシ食えなくなったら来ていいぞ」 なんて言ってくれるやつもいます。


幸せもんです。


こんな自分でも、いつか厚意に応えられれば と感じています。


そんな意味でも、なんとかやっていこうと思います。


Go Do なんです。




人生は Turn の繰り返しです。



音楽はありがたいです。






梅雨入り前の東京・高円寺は、よく晴れています。


平日なので人もまばら... かと思いきや、高円寺なんで変なやつがいっぱいです。


不安と新鮮な気持ちが入り混じった、なんだかとても不思議な気持ちです。


なんだか景色が明るく白っぽく見えます。





まっさら だ。





posted by kissi at 16:30| Comment(7) | TrackBack(0) | Daily | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月24日

LOUIS VUITTON JOURNEYS.

さすがとしか言いようがない。

LOUIS VUITTON

ブランドの原点である 「旅」 をテーマに展開されてきたコア・ヴァリュー広告キャンペーン。
http://www.louisvuittonjourneys.com/


その新作は、いくら世界トップクラスのラグジュアリーブランドとはいえ、

豪華すぎる...

louis-vuitton-legends.jpg
Copyright © Louis Vuitton / Annie Leibovitz
偉大な巡り合わせ
3人の類い稀なる人生という旅。伝説のゲーム。
カフェ・マラヴィラス、マドリード。


ペレ、マラドーナ、ジダン...
フットボールファンならずとも知る、まさに “伝説” の3人。

ジダンの背後に置かれたキャリーバッグには “Z.Z(Zinedine Zidane)” のイニシャル。

古ぼけたカフェに漂う、英雄たちの存在感。



これはもはや商品を売るための広告ではない。
むしろ売れなくなるのではないかと思うほど。

畏れ多い...

人々にそう感じさせるほど、ブランドの価値を昇華させることに成功している。



louis-vuitton-gorbachev.jpg
Copyright © Louis Vuitton / Annie Leibovitz
なぜ人は旅をするのか。 世界を知るため? それともそれを変えるため?
ベルリンの壁。ある会議からの帰路。

2007年、度肝を抜いたミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領を起用した作品。



louis-vuitton-journeys.jpg
Copyright © Louis Vuitton / Annie Leibovitz
人類を、新たな地へ導く旅

人類月面着陸40周年の2009年、ジム・ラヴェル氏、バズ・オルドリン氏、サリー・ライド氏という
3人の歴史を切り拓いた宇宙飛行士を起用した作品。


写真はいずれもアニー・リーボヴィッツが手掛けている。





ブランドの “価値” とはどこにあるのか?

特にラグジュアリーブランドのあり方が問われる今、
ただ高いものが人々に受け入れられる時代でないことは確かだ。

それでも、商品や価格を超えたその先にブランドの価値を見出してもらえたら...

それは紛れもなく、その人にとっての “ラグジュアリー” な価値を有する存在である。



現に、LOUIS VUITTON さんにはまったく御縁のない僕ですが、

いつか、こんな鞄を携えて新たな旅に出られたら...

などと憧れを抱いた次第なのです。



posted by kissi at 12:03| Comment(2) | TrackBack(0) | Art | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月18日

デザインは世界を変えられるのか?―【世界を変えるデザイン展】

bop-design.jpg

上の写真はインドのある風景。

客を乗せて自転車をこぐ男性をよく見てください。

そう、義足です。

この男性は義足がなかったら不自由な生活を強いられることになります。

ただ、義足があれば歩けます、自分で行動できます、仕事ができます。

つまり、この義足は、男性の人生を変えたのです。





“デザイン” は世界を変えられるのか?

世界を変えるデザイン展
5.15-6.13 東京ミッドタウン・デザインハブ
5.28-6.13 AXISギャラリー
入場料無料
http://exhibition.bop-design.com/


“デザイン” といわれる仕事に関わっている方々にはぜひ見てもらいたい。

特に、日本の大手メーカーや教育・政府機関の担当者の方々にも。



実は現在、先進国における“デザイン”とは、世界の総人口のほんの10%を対象にしているに過ぎない。

BOP(Base of the Pyramid)と呼ばれる、世界の人口をピラミッドで表現した最下層を意味する貧困層。

世界には、本当の意味での “デザイン” を求めている人々が数多く存在します。



いくつかの印象的な展示品を紹介。

jaipur-foot.jpg
Jaipur foot
フィットしやすいゴム製の義足で、原価が安く、
現地の人々が製造出来るように技術指導も行われている。

moonlight.jpg
Moon Light

ストラップ付き太陽光充電式照明器具。
生活シーンに合わせて明るさを調節可能、
現地には照明を置く机がないため、首から吊り下げるデザインを採用。


solar-cooker.jpg
Solar Cooker
太陽の反射光を熱に変える調理器具。
ガスを必要としないため、ガス代やガスを遠方に買いにいく
費用を節約できる。


lifestraw.jpg lifestraw2.jpg
LifeStraw
泥水を飲料水に変える携帯用浄水器。
泥水に含まれるバクテリアやウイルスを除去する。


qdrum.jpg
Q Drum

水を運ぶための円形のドラム。
遠方から頭に乗せて運ぶことによる時間や身体への影響が軽減される。




見てわかるように、どれも非常にシンプルで簡単なつくりです。

「こんなの日本だと簡単につくれるんじゃない?」
「もっと最先端のデザインが良いんじゃない?」

そうした考え方が視野を狭めているのでしょう。


現地で求められているのは、極端なハイテクノロジーなんかではなく、
出来るだけシンプルでわかりやすく、かつ現地の生活シーンに合い、
そしてコストが少なく、現地で製造を持続していけるものなのです。



“BOP” をビジネス視点で “市場” と捉えると、それは巨大な可能性を秘めています。

ただ、生半可な気持ちで参入できるビジネスではありません。

強い意志と忍耐力、もちろん資金、そして心が必要です。

展示会場には日本の製品はほとんどありませんでした。

それはなぜか? 本気で考えてみる時代ではないでしょうか?

幸いお手伝いとしてプレス枠で入れてもらったカンファレンス

その盛況ぶりと熱いまなざしを見て、

大きな希望も感じました。





“デザイン” は世界を変えられるのか?


posted by kissi at 12:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。