2011年05月17日

Century Plant.

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リュウゼツラン(龍舌蘭)
英名:Century Plant
漢名:世紀樹、萬年蘭


かつて、百年に一度しか開花しないと思われていたことからこう呼ばれる。
気候によるが、熱帯地域では10〜20年、日本では30年〜60年で開花する。
一回結実性植物のため、一生に一度だけ開花し、枯れていく。



不細工だっていいじゃないか。

誰の目にもとまらなくたっていいじゃないか。

乾いた大地で長い間孤独に耐え忍び、ここぞとばかりに花茎を空に向かって伸ばして、

一生に一度、精一杯手を広げ、花を咲かせ、そして朽ちていく。

豪快に、儚く。



うーん、見事。

ぜひ一度、お目にかかりたい。

世界は広い。



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2010年10月17日

世界の果て。なんにもなくて、すべてがある場所。

ひとつ、夢がある。

ある時、ぽっ と生まれた夢で、

それは、仕事の成功とか将来こうありたいといったような時々で変化する夢とは別のところに置いてある、

ただ単純に、純粋に 「行ってみたい」 というだけの夢。





世界の果て、アイスランド。

その大地に、いつの日か立ってみたい。

ただ、それだけの夢。










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なんにもなくて、すべてがある場所。





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“幸福度” というよくわからない指標を用いた世界の国別ランキングがたまに発表されるが、

必ずアイスランドは上位に入る。

このランキングを信じるわけではないし、アイスランド人に直接聞いたこともないけれど、

本当に “幸せ” なのだろう。

それは自分が考える “幸せ” とは、おそらく異なるもの。

自分は、日本という国で生活し、他人や他の世界の情報に触れ、そして理想の “幸せ” を探し続けている。

アイスランドの人たちはどうなのか。


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もちろん、島国のアイスランドはいくつもの変化や苦しい時代を生きてきた。

ただ、昔から変わることのない自分たちの “あるべき姿” を決して忘れてはいない。

from COURRiER Japon 2008年12月号―「金融危機」後の世界―
≪バブルがはじけた現在(いま)、漁業とアートの国に戻ろう≫

73歳の老人、パルメー・ヴィダルはこう言っている。
―「この小さな国は昔から、大祝宴の狂喜と飢饉の苦しみを繰り返してきました。羊バブルがはじけたり、ニシン船が釣果なしで戻ってきたりしたこともありました。しかし、どんなときでもアイスランド人は不撓不屈でした。ここ数年、私たちの社会は、あまりいい方向に進んでいませんでした。私が子供だった頃、入り江に魚釣りに出かけ水に濡れたら、翌日まで魚釣りには行けませんでした。ズボンを一着しか持っていなかったからです。最近の人たちは、ズボンを持ちすぎていたのでしょうね」

アーティスト/デザイナーのヨーン・サイムンデュル・アータルソンはこう話す。
―「この国の文化は私たちに力を与えてくれます。アイスランド人は誇り高き民族で、もっとつらい状況も生き抜いてきました。数百年前に火山が噴火したとき、アイスランド人は穴を掘って地下で暮らしていたそうです。そもそもこの国にお金が出回るようになったのは第二次世界大戦後のことにすぎません。餓死することなんてありませんよ。魚がたくさんいますからね」


近年、“外部” からの影響による経済破綻の危機巨大IT企業の進出天然資源を狙う各国の存在など、

様々な変化が取り沙汰されている。

ただ、その場所で生きる人たちにとって、

これからも決して “変わらないもの” “変えないもの” があるのだと思う。





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普通に生活していれば決して出逢うことのできない、その地の空気、文化や価値観を体感する “夢”。

大地から噴き出した温かな水が溜まった広大な地球の “くぼみ” に浸かり、果てしなく青い空を見上げながら

「さあ、来たぞ。 いま、どう感じる?」

と、自分自身に問いかけてみたい。

その時にはもっといろんな世界を見ているかもしれない自分が、

「なんだ、こんな何もないつまらない場所に来るのが夢だったのか」 と思うのか、

「すべてがある」 と感じるのか、

それは、その瞬間にしかわからない。





Sigur Rós - Glósóli [Heima]




夢が、ぽっ と生まれた瞬間。

2005年7月9日、旅先、グラスゴーの小さなライブ会場。

不思議なベールに包まれたステージ目の前で、

それまで出逢ったことのない、まるで空間の境い目が吹き飛ぶような、壮大な音の世界にいた。

“なくした太陽を探しにいく” という物語。

自分が生きてきた場所には存在しない、その場所でしか生まれ得ないようなその音に触れ、

「この音が生まれる場所に行きたい」 と願った。

その後、「せっかくその場所と近い距離にいるのだから行っておこう」 と、

留学先のロンドンに戻ってすぐに格安エアラインでレイキャビク行きのチケットを購入したが、

原因不明のカード会社のエラーでキャンセルとなり機を逃すことになった。

でも、あの時点の無知な自分で行かなくてよかったと、いまは思う。





“夢” として心に置いておき、いつかどこか相応しいタイミングで、必ず叶えようと思っている。

“夢” といっても、別にその場所で暮らしたいわけではない。

ただ、感じておきたいだけ。

その世界の果ての “なんにもなくて、すべてがある場所” に立ち、呼吸し、

その地で暮らす人々の生活に触れることは、

自分にとって必ず、その後の生き方を考える大きなきっかけになるだろう。

いま、そう思う。





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参考:
Visit Iceland:http://www.visiticeland.jp/happy/index.html
ORGANIC STONE:http://blog.goo.ne.jp/pointdpo/e/eb4dfd7d81aa0b6d533d99d672838a15
COURRiER Japon 2008年12月号

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2010年05月08日

The Dying Room―スイスの「自殺幇助組織」ディグニタス

The Dying Room
それは犯罪か、あるいは悩める人の救済か―「自殺幇助組織」ディグニタス
from The Guardian UK (via COURRiER Japon)




深く考えさせられる記事でした。


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Copyright © The Guardian UK

平穏なスイスの片田舎に、ディグニタスという組織によって運営されている小ぎれいな部屋がある。
この場所では、「尊厳ある人生の終わり」を迎えるためのサービスが提供される。
つまり、自殺を手助けしてくれるサービスだ。


ディグニタスの提供するサービスは、決まった手続きを踏み料金を支払えば、“ちゃんと自殺できる”
というもの。まず会員になり、必要書類を送り、医師から致死薬が処方され、そして好きな人たちと
最期の時間を楽しんだ後、スタッフ立ち会いのもとビデオカメラの前で“自ら”薬を飲む。そして、
本人が自発的に薬を飲み“自殺”した様子が記録された後、警察や葬儀屋を手配するという流れだ。

ディグニタスでは、自殺に至るまでの過程で何度も本当に死にたいのか確認するそう。もちろん、
話し合ったうえで自殺を思い止まった事例はいくつもある。ただ、それでも望む人を“助ける”のだという。
薬を飲んで死に至るまで、苦痛はないらしい。

人生の最期を迎える部屋は、最低限の設備があり、陽光あふれる清潔な場所であるべきとして、
きちんと整えられている。

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Copyright © The Guardian UK

ディグニタスの創設者として知られるルートヴィヒ・ミネリのもとに月に一度は、自国での死が許されず、
「死なせてくれ」と願う突然の訪問者があるという。もちろん、決まった手続きを踏まなければサービスは
提供されない。

ミネリは、何の知識もないのに自殺を試みて失敗し、その後に悲劇的な状況に陥る人々を嘆かわしく
思っている。また、施設などで強制的に生かされた挙句に孤独な最期を迎えるという現代の状況にも
疑問を抱いているようだ。

ミネリは問う。 「“道徳”とは何ですか?」

そして、非営利の「自殺幇助組織」ディグニタスでは、1998年の創設から1000人を超える人の自殺を
手助けしてきたそうだ。


そのひとつに立ち会ったスタッフが見た印象的な“最期”が紹介されていた。

「あるとき女性が娘を二人連れてきたことがありました。女性と娘たちの関係が良くないことは明らかで、
部屋の雰囲気は緊張していました。
しかし、その女性は薬を飲むと、すぐに娘たちを抱きかかえ、『愛しているからね。あなたたちは私が
この世でいちばん大切にしているものなんだから』 と言ったのです」

「女性が亡くなってから娘たちは、母親が彼女たちのことをあんな風に抱きしめたのは初めてだったと
語りました。私にとって、それは素晴らしい瞬間に思えました。亡くなった女性は自分の本当の気持ちを
伝えることに間に合ったのです」


人権や弁護士としての知識を持ち、天文学を愛好し、人の命の価値を知るミネリはこう言う。

「誰にでも 『自分の人生を終わりにする』 という権利があるはずです」

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Copyright © The Guardian UK


賛否両論ある非常に難しいテーマだと思う。

ちなみにスイスの法律では、安楽死は許されていないが、自殺幇助は許されているという。

ただ、国のイメージと“自殺ツーリズム”の可能性が憂慮され、物議を醸しているそうだ。



自分の人生を終わりにする “義務” は誰にもないと思うが、

自分の人生を終わりにする “権利” は誰にでもあるのかもしれない...

この記事を読んで、そんなことを感じた。



別に悩んでいるわけでもなければ、宗教に目覚めたわけでもない。

この組織の活動に賛同するわけでもない。

ただ、日本では負のイメージでしかない“自殺”に対して、こうした捉え方もあるのかと。

人である以上無視できないこのようなテーマに触れたとき、

決して答えは出ないが、自分なりに考えてみようと思った。

自分にとって当たり前であることは、はたして“当たり前”なのか?

そんな視点も大切なのかもしれない。 
 
 


posted by kissi at 01:00| Comment(3) | TrackBack(0) | World | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月18日

私たちは、まだまだ、知らない。

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タンザニアで狩猟採集生活を営むハッザ族。作物も育てず、家畜も飼わず、
暦も使わないその暮らしは1万年前からほとんど変わっていない。
しかし彼らは、私たちが忘れてしまった何かを知っている。



私たちは、まだまだ、知らない。

NATIONAL GEOGRAPHIC 日本版創刊15周キャンペーン





そんな興味をそそられる広告を見て、
こうして今、パソコンの前に座り、両手の指先だけをせわしなく動かしている僕の姿、
このハッザ族のおじさんと少年に見せてやりたい。



何でもネットで検索すりゃ出てきそうな時代だけど、

やっぱ世界はでっけえんだろうなー

何にも知らねえなー

知りてえなー


そんなことを感じました。



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私たちは、まだまだ、知らない。

知りたい。

Live Curious.



Official: http://www.nationalgeographic.com/
日本: http://nng.nikkeibp.co.jp/

posted by kissi at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | World | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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