2012年03月01日

Earth Hour 2012 - the bud of Global Common Sense.



今年のEarth Hour(アースアワー)の動画は何度見ても本当にすばらしい。
ぐっとくるものがあります。


「“行動”を起こす人が孤独ではなくなった」

「個の力の“つながり”は世界を変える」

そんなメッセージを強く感じます。



日常の中で、社会を変えたい、地球環境を少しでも良くしたいと思い、小さな努力をコツコツ実践する人。

その“行動”に対して、「そんなことじゃ何も変わらないよ」「バカみたい」と白い目で見るような、
そんな風潮の時代もありました。


でも、行動を起こす人たちに勇気を与えたのが、インターネットやソーシャルメディア。
同じ意志を持つ人たちに“つながり”をもたらし、パワーを与えたのです。

It is the bud of Global Common Sense.



3/31(土)8:30pm

世界中で多くの明かりが消え、

世界中の多くの人の心に明かりが灯ることでしょう。



ぜひ、この動画、電気を消して見てみてください。

Music by Sigur Ros "Hoppipolla"


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2011年11月11日

他人(ひと)を想う国。

いつの間にか、もう2011年も終わりに近づいてますね。
本当にはやいものです。


この時期になると聞こえてくるのが、「年賀状」発売のニュース。
ここ数年は「若者の年賀状離れ」などの嘆きが多かったのですが、
今年はちょっと違うようです。


日本伝統の年賀状文化。
一年を振り返りながらお世話になったひとや遠くにいるひとを想い、
御礼と新年を迎える喜びの気持ちを伝える習慣。


2011年を振り返ってみると、あの大震災が思い浮かばないひとはいないでしょう。
多くのものが失われ、いまなお多くのひとがつらく厳しい生活を強いられています。

日本人にとって決して忘れることのできない一年。
そんな年の年賀状には、ごく自然にですが、
年賀状文化が始まって以来初めての大きな変化が生まれているようです。


「賀正」 「謹賀新年」 「あけましておめでとう」

長きにわたって用いられてきたこれらの定型文に代わり、


「ありがとう」 「絆」 「元気」 「力を合わせて」 「がんばろう」 「未来」...

といった言葉の登場。


それは、形式的な文言を伝えたいのではなく、
不幸のあった方への単なるマナーではなく、
「日本」という大きな括りで、心からの想いを届け合いたい気持ちの表れです。

安否がわからないひとたちに「元気だよ」という無事を伝える「挨拶状」や、
散り散りに別れて住所がわからないひとにオンラインで送れる年賀状サービスも出てきています。


新しい年を迎えた時、こうした言葉を目にできる幸せ。

あらためて、すばらしい国に生きているなと感じます。

日本の礼儀、マナー、サービス、ものづくり...

世界が称賛するそのすべては、

他人(ひと)を想う日本人のあり方そのものです。



2011年、大きな悲しみが生まれた年であり、

大きな誇りに気づいた年でもあるのではないでしょうか。








大学時代に初めて聞いたときから漠然と良い曲だなと思っていましたが、
今年は本当に歌詞のひとつひとつが入ってきました。
おそらく、あの日以降増えた多くのコメントも同じ気持ちでしょう。

「to U」

まさに 「他人(ひと)を想う」 一曲です。



今日でちょうど8ヵ月、まだまだ時間はかかると思います。

いろんな問題、課題が山積みです。

でも、日本はだいじょうぶ!

なぜか、そんな気がするのです。



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2011年08月25日

一杯の絆。


2011年8月25日 読売新聞 5面広告

20110825.jpg



一杯の絆。


あの震災直後、

店頭から牛乳が消えた頃のことを、あなたは覚えていますか。


その頃、被災地の酪農関係者たちは、

かつてない困難の中にいました。

停電、断水、交通網、情報網の寸断。

特に停電は深刻で、そもそも搾乳する機器も、

乳業工場も稼働できない状態がつづきました。

加えて交通網の寸断で、集乳もままならない。

そんな危機的な状況下、生乳廃棄という

苦渋の決断をせざるをえませんでした。


しかし、それでも酪農家たちは搾乳をやめませんでした。

それは、毎日搾ってあげないと

乳房炎になってしまう牛たちへの愛情。

さらには、自分たちの牛乳を

心待ちにしている人々への責任感からでした。


一方で、一刻も早く集乳と生産の再開ができるよう

生乳の流通に携わる人々は、乳業工場の関係者たちと

連絡を取り合い、行動を起こしました。

小型の発電機を見つけて、酪農家のもとへ融通する。

重油が足りず稼働できない工場へ、重油を手配する。

さらには、寸断されてしまった集乳ルートの調整。

被災していない乳業工場への緊急的な生乳の搬入も行われました。

そこには、牧場から食卓へ一杯の牛乳をリレーする人々の

プライドと長年培った絆がありました。


今ではもう、あたりまえに店頭に並んでいる牛乳。

そのあたりまえの一杯には、

こうした日本の酪農関係者たちの深い絆によって、

今日も守り抜かれているということ。

あなたにも知ってもらえたら、うれしい。



一日も早い被災地の復興をお祈り申し上げます。

全農


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

仕事でお世話になっている写真家・馬場道浩さん撮影。





朝、一杯の牛乳を飲むとき、ほんの少しでも考えてみようと思った。

牛乳だけではない、何かを食べるとき、思い出してみたい。

あたりまえにあるのではない、多くの人の手と、多くの絆で届けられていることを。



それでも、牛と生きていく。

ちょうど一年前も、力強いメッセージが載りました。

そしてまた、日本の酪農関係者に災難がふりかかっています。

それは、かつてないほど深く、厳しいものです。

ただ、私たち一人ひとりがまず知ること、考えることで

何かが変わるかもしれません。



農業・漁業は、“いのちをつむぐ” お仕事。

人が生み出してしまった災いは、人の絆で乗りこえる。

そう願って、そう信じて、

今日も一杯の牛乳を飲もうと思う。


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2011年04月22日

「想定外」のつよさ。

main.jpg


concept.gif






ぜひ、みてください。

感じてください。

応援しましょう。



まさに、「想定外」のつよさ。

たくましさ。

ひとのパワーです。



粉塵と黒煙がおさまった被災地から、

希望の狼煙が立ち上っています。




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2011年04月14日

夜明けまで。


2011年3月11日に東北・関東地方で発生した未曾有の大震災により、
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますと共に、
甚大な被害を受けられた皆様とそのご家族に、心からお見舞いを申し上げます。
一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。







夜明けのうた
作詞:岩谷時子 作曲:いずみたく


夜明けのうたよ

あたしの心の きのうの悲しみ
流しておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心に 若い力を
満たしておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心の あふれる想いを
判っておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心に おおきな望みを
抱かせておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心の 小さな倖せ
守っておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心に 思い出させる
ふるさとの空










毎日くりかえし流れるあの日の映像。

毎日くりかえし報じられる不安な情報。

毎日くりかえし、悪い夢にひきずり戻すかのようにやってくる震え。

毎日くりかえし、さがしても、さがしても、もう見つからない大切なものたち。



いまこの瞬間も被災地で苦しんでおられるみなさんの痛みは、想像を絶するものだと思います。

「がんばれ」 「がんばって」、決して言えない。

もう十分に、がんばっている。

生まれ育った、慣れ親しんだふるさとが、跡形もなくなくなってしまった。

疲れた身体を休める家が、なくなってしまった。

そして、大切なひとが、思い出が、なくなってしまった。



それでも、泣き喚きもせず、暴れもせず、

みんなで力を合わせて、助け合って、がんばっている。

未来もまったく見えず、真っ暗な中、手探りでがんばっている。



「東北の人は我慢強い」、そう言われている。

確かに、すごいと思う。

でも、もういまは十分だと思う。

我慢して我慢して、立ち上がれなくなるほど疲れ切ってしまうより、

少し弱音を吐いて、泣いて、助けを求めて、どうか休んでほしいと思う。







昭和に、こんな唄があったのですね。

昨日、東京事変のカバーで公開され、初めて聴き、とても胸を打たれました。

“「大勢のかたにいまいちど口ずさんで戴きたい」と言うほうが、いまのほんとうです。
突然の災いに生命を落とされた方々のご冥福をお祈り申し上げて。
それでも生きている今日のわたしたちに、 こっそり贈り物をくださっていた作家のお二人へ
胸一杯の敬意を込めて。”

2011年卯月の初めに 椎名林檎




戦後の日本で、多くの人が口ずさんだというこの曲に、

被災地の人びとの、心の声が表れているように思えて。

被災地の支援ソングじゃない、鼓舞したり勇気づけるものじゃない。

被災地の苦しみを代弁し、一緒に泣いて、一緒に願う、そんな存在も必要だと思った。

誰に対してでもなく、「どうか、お願い」、「どうか、しておくれ」と。

そして、そんな時、みんなで、国全体で手を差しのべてあげられる、

そんな国であってほしいと思う。

自分の無力さを痛感しながら、できることをやりながら、ただただ祈っております。





Z322005970.jpg
東京事変 - 夜明けのうた
http://www.youtube.com/watch?v=Qj_OGCbqplU

“この唄をご存知ですか。
もしよろしければあたらしく、みなさまのレパートリーへ加えてくださいな。
ご一緒出来るいつかの夜明けを夢みて。”

林檎






東の水平線から昇る太陽が、被災地の人びとの笑顔を照らし出すまで。

そんな、夜明けまで。

ぜひ、みんなでご一緒したいと思います。






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2010年08月24日

それでも、牛と生きていく。

宮崎、27日に口蹄疫終息宣言
[2010年8月23日 ロイター]
http://jp.reuters.com/article/kyodoPoliticsNews/idJP2010082301000687






今年4月から、遠い宮崎の地で猛威をふるった口蹄疫。
先月に非常事態宣言が解除されてから、その状況はほとんど私たちの耳に入ってくることがなくなりました。
そして昨日、メディアから27日に正式な「終息宣言」が出される予定だと発表がありました。

しかし、たとえば “戦争” を思い浮かべてみます。
終戦の宣言が出されたからといって、人々の戦いはそこで終わりでしょうか。
街は破壊され、仕事はなくなり、愛する家族まで失った人々の計り知れない苦しみ...
本当の “闘い” は、そこから始まるのではないでしょうか。

宮崎の畜産農家の人々にとって、その長く壮絶な闘いは始まったばかりです。
突如襲ってきた口蹄疫という見えない敵に、牛と、共に生きる仲間たちとの穏やかな生活をすべて奪われ、
自らの手で大切に育ててきた子供たちを殺さなければならなかった痛みは、
私たちの想像の及ぶところではありません。
ニュースで放映された、にぎやかな主のいなくなった牛舎の前で立ちつくすおじさんの姿...
深く心に残っています。

ただ、彼らは再び立ち上がらなければなりません。
残された仲間たちとの生活を取り戻すために、県の産業復活のために、そして日本のために。
すべてを失った後、また一から新しい命を育んでいくために。





仕事のつながりで知ることができた、7月28, 29日の読売新聞に掲載されたある広告。

この広告のメッセージが、一人でも多くの人に届くことを願って、以下にご紹介させていただきます。



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それでも、

牛と生きていく。




闘いがはじまったのは、4月。

それは、長く厳しいものになりました。

わが子のように慈しんだ、牛たちのいのちが失われていく。

全国のともに牛と生きる仲間の営みを

守るためとはいえ、それはつらい決断でした。

それでも、歯をくいしばって、

宮崎の、全国の、牛と生きる人々がひとつになって

見えない敵、口蹄疫と闘ってきました。

さらには、畜産、酪農に関わる人々が、

昼夜を問わず懸命に、この闘いを支えてきました。

しかし、本当の闘いは、これからです。

あの牛舎に再び、牛たちが戻ってくる。

あたりまえに牛と生きる日々が帰ってくる。

その日まで、そしてその先も、

長く厳しい闘いは、つづくのです。



それでも、牛と生きていく。

その意志が、希望が、決して挫けないように。

私たちJAグループは、これからも、

全力で支えていきます。



一日も早く、また、牛と生きる日々を。

全農






Twitter でもつぶやかれていましたが、この広告は多くの人の目に留まったというよりは、
多くの人の“心に留まった”のではないかと思います。

「生きるという字に “牛” が入っている」 というコメントもありました。
確かに、牛という字に一本足すと “生” という字になります。

まさに、牛と共に生きていく人間を表しているようです。

写真のスコップを握る手は、大切な牛たちを、動かなくなった牛たちを、
別れを惜しむ間もなく、作業のように埋めさせられた後の手でしょうか。
牛たちの残した糞尿など、なつかしいようなその臭いのする遺物を、
牛舎から跡形もなく消し去る作業の後でしょうか。

その強く握った手が伝えるもの。

理不尽な運命への憤りと悲しみに打ち震えながら、

「それでも、おれたちは牛と生きていく」 という強い意志。



何にもできない私ですが、

宮崎のみなさま、心から応援しています。



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2010年07月06日

ハロー、ワーク。 ハロー、ブラインドワールド。

「こんにちは、お仕事」

誰がつけたのか、この愛称。

手続きのため初めて足を運んだが、

そんな愛嬌のカケラもない、巨大で冷たい印象の建造物内23階。

ハロー、ワーク。

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ニュースで見たとおり、人でいっぱいだった。

「こんにちは、お仕事」 とはいうものの自分でパソコンから探すわけで、

そこにある数十台のパソコンは、もちろん空席なし。

他の人の動きには目もくれずパソコンを見つめる人たちの周囲の壁には 「置引きに注意!」 の文字。

多くの人であふれているはずの空間は、不思議と病院の雰囲気に似ていた。



その後の会議室での説明会。机が一体化した窮屈なイスに座り、約2時間。

担当のおねえさんは淡々と事務的な説明を終えた後、

「みなさんが一日も早くお仕事に就けるよう全力で応援させていただきます」 と顔色ひとつ変えずに言った。

そして受講者はずっと顔色ひとつ変えずに聞いていた。





あまりにも窮屈だったため、ちょっと体勢を変えたときにペンケースの中身がバラバラと落下...

ビーチサンダルを履いた自分の足下に散らばったペンを拾おうと手間取っていると、

隣のおじさんが身をかがめて拾うのを手伝ってくれた。

スーツを着て歳は40〜50くらいのそのおじさんは、無言でペンを手渡してくれるとき、笑顔だった。

少し呆れたようなその笑顔は、

ビーサンを履いたマナーの悪い騒がしい若者をなだめる大人の表情なのか、

それとも純粋なおじさんの優しさが滲んだのか...

いずれにせよ、今日初めて見たその人間臭い笑顔に、

ほっ とした。





説明会が終わり、スタンプをもらうため当然のように無言で列をつくる人たち。

ロボットのようだった。

そして自分も、一言も発することなく手続きを終えてビルを出た。

結局 「こんにちは」 も言うことはなかった。





帰りの新宿駅構内。

相変わらずの人、人、人...

何かに憑かれたように無言で一点を見つめ足早に歩く人々。

ぶつかりそうでぶつからない。

不思議と静寂につつまれた世界。

ハロー、ブラインドワールド。

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高円寺駅を出ると、今日も消費税引き上げに反対する選挙カーの演説が行われている。

熱弁をふるう候補者の目は、社会全体ではなく、おそらく対立政党を陥れることしか見ていないのだろう。

「消費税の増税に反対!(おれも困る!)」

でも 「じゃあ日本の財政は誰がどうするんだ?(詳しいことはわからないけど...)」

そんなことっていっぱいある。

でもいまの社会で仕事をするって、少なからずそういうことなんだと思う。

何かを求めれば、何かは見えなくなる。 いや、見ないようにする。





ハロー、ワーク。

ハロー、ブラインドワールド。





Take Me Somewhere Nice...




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2010年05月18日

デザインは世界を変えられるのか?―【世界を変えるデザイン展】

bop-design.jpg

上の写真はインドのある風景。

客を乗せて自転車をこぐ男性をよく見てください。

そう、義足です。

この男性は義足がなかったら不自由な生活を強いられることになります。

ただ、義足があれば歩けます、自分で行動できます、仕事ができます。

つまり、この義足は、男性の人生を変えたのです。





“デザイン” は世界を変えられるのか?

世界を変えるデザイン展
5.15-6.13 東京ミッドタウン・デザインハブ
5.28-6.13 AXISギャラリー
入場料無料
http://exhibition.bop-design.com/


“デザイン” といわれる仕事に関わっている方々にはぜひ見てもらいたい。

特に、日本の大手メーカーや教育・政府機関の担当者の方々にも。



実は現在、先進国における“デザイン”とは、世界の総人口のほんの10%を対象にしているに過ぎない。

BOP(Base of the Pyramid)と呼ばれる、世界の人口をピラミッドで表現した最下層を意味する貧困層。

世界には、本当の意味での “デザイン” を求めている人々が数多く存在します。



いくつかの印象的な展示品を紹介。

jaipur-foot.jpg
Jaipur foot
フィットしやすいゴム製の義足で、原価が安く、
現地の人々が製造出来るように技術指導も行われている。

moonlight.jpg
Moon Light

ストラップ付き太陽光充電式照明器具。
生活シーンに合わせて明るさを調節可能、
現地には照明を置く机がないため、首から吊り下げるデザインを採用。


solar-cooker.jpg
Solar Cooker
太陽の反射光を熱に変える調理器具。
ガスを必要としないため、ガス代やガスを遠方に買いにいく
費用を節約できる。


lifestraw.jpg lifestraw2.jpg
LifeStraw
泥水を飲料水に変える携帯用浄水器。
泥水に含まれるバクテリアやウイルスを除去する。


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Q Drum

水を運ぶための円形のドラム。
遠方から頭に乗せて運ぶことによる時間や身体への影響が軽減される。




見てわかるように、どれも非常にシンプルで簡単なつくりです。

「こんなの日本だと簡単につくれるんじゃない?」
「もっと最先端のデザインが良いんじゃない?」

そうした考え方が視野を狭めているのでしょう。


現地で求められているのは、極端なハイテクノロジーなんかではなく、
出来るだけシンプルでわかりやすく、かつ現地の生活シーンに合い、
そしてコストが少なく、現地で製造を持続していけるものなのです。



“BOP” をビジネス視点で “市場” と捉えると、それは巨大な可能性を秘めています。

ただ、生半可な気持ちで参入できるビジネスではありません。

強い意志と忍耐力、もちろん資金、そして心が必要です。

展示会場には日本の製品はほとんどありませんでした。

それはなぜか? 本気で考えてみる時代ではないでしょうか?

幸いお手伝いとしてプレス枠で入れてもらったカンファレンス

その盛況ぶりと熱いまなざしを見て、

大きな希望も感じました。





“デザイン” は世界を変えられるのか?


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2010年04月07日

ソーシャルメディア×アイデア

twit.jpg
誰でも “つぶやく” ことができる時代です。

鳥がさえずるように自由に楽しく。



ちなみに僕はまだうまくつぶやくことができません。

つぶやき方をイマイチ理解しきれていないから(笑)

つぶやいてはいないけど始めてるので、誰かフォローしてください!
http://twitter.com/kiissii





さて、こういったソーシャルメディアの影響力は

僕が思っていた以上に、ものすごいみたいです。

social-network.jpg


たとえばこのブログ。これを見てくれるのは
友達か、mixi経由か、ブックマークしてくれてる人か、たまたま検索で引っ掛かって見てくれた人か、
そんなもんです。
ピンポイントであって、その先の広がりはありません。

たとえばtwitterの場合、
ひとりの小さな声を、その友達が友達に伝え、その友達がまた友達・知人に伝え、そのまた友達が......
ひとりの声は果てしなく広がる可能性を持っています。
声を届けるのにお金なんてかかりません。
ビジネスや様々な活動団体が利用の可能性を探っているのはそのため。
【参考】
NPOがTwitterを活用するための9ステップ(前篇)
NPOがTwitterを活用するための9ステップ(後篇)

その影響力ゆえに問題もありますが、可能性はもっとありそうです。



【お知らせ&お願い】

 pict_logo.jpg

ブログパーツも貼ってありますが、greenz.jpさんにライター(kissi)として参加させていただいております。
4月6日デビューしました。
kissi 記事リスト

見てくれた人たちの反応ってやっぱり嬉しい!
自分の記事を誰かが見て、またそれをつぶやいてくれる... 駄文を綴る物書きのやりがいってもんです。

今後、いろんな分野のクリエイティブでワクワクするようなアイデアや新しい動きを
記事で取り上げていきたいと考えています。

主なキーワードは:
エコロジー、持続可能、環境・紛争・人権問題、支援、テクノロジー、デザイン、アート、地域活性化、etc...

特に個人的に、ポジティブで楽しい活動、日常のエコ、
そして、メディアに取り上げられないような地域や街単位で取り組んでる試みなんかに非常に興味あります。

そのため、何かでおもしろいネタや活動を見つけた、または自分で行動を起こしている、など
あればご連絡いただきたい!!





greenzさんのような活動、その他社会で確実に広がってる “つながり” を生み出す動き。

刺激になります。

これまで “クリエイティブ” っていうのは、何か新しいモノやアートを作ったりするイメージだったけど、

そんな限定されたもんじゃない。

考えて、新しいアイデアや価値観を生み出し、自分で行動し、ひとに伝える... そんなことだと思う。

そして本当にクリエイティブなアイデアによって、

社会はもっとステキで変化に富んだものになるんだろうなー★



P.S. でもまず本業の転職先を探さねば!! ヽ(;´Д`ヽ)(ノ;´Д`)ノぁゎゎ

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2010年01月18日

友人Kにみる現代都市の生き方。

「家がなくなったから少しの間荷物を置かせてくれ」

こう、さらっとKは言いました。



Kとは、大学が同じ人なら誰もが分かるであろう、
某TV局制作会社ADの

あの彼です。



「家がなくなった」 というのも、
昨年、上京してから住んでいたアパートを引き払い、
こちらで出会った彼女の家に転がり込み生活をしていたが、
この度彼女との別れが訪れ、
当然同棲していた家を追われた、

そういうことらしいです。



つまり、

馬鹿なんですね。



ただ、言いたいのはその点ではなく、(その点は言わなくても周知の事実なので)
彼がおれの家に少しの間置かせてくれと言い、
その日の深夜にタクシー1台で運んできた

その荷物の少なさについてです。

身の回りのすべての荷物が、
ざっと小さめのダンボール(askulくらい)で5箱分のみ。

ただ、おれの家もかなり狭いため、
それをさらに家の前で2人で 「本当に必要なものは何か」 という視点で
ひとつひとつ出て来るものを手に取り、思い出を語りながらも、
「でも... ま、いらねーか」 と断固とした判断で蓮舫議員並みの仕分け作業を行った結果、

ダンボール1箱+衣類(ゴミ袋大1袋分)になりました。

ダンボール1箱だけおれの家に置き、
あとの荷物はゴミ捨て場と実家送りという二手に別れて彼の元を去りました。



「家、どうすんの?」 と尋ねると、

「早めにドミトリー(共同宿泊施設)でも探すわ、安いし。それまでは何とか転々と」

と軽く答えました。

そして、結局、彼はおれが貸したキャリーケースに当面必要な衣類だけを詰めて、
颯爽と去っていきました。

k1.jpg k2.jpg

あ、 あと新しい彼女も出来たそうです。



「人間、着る服と財布さえありゃ生きてけるよ」

と去り際に笑顔で言う彼。

前々から、やりたい道を行く姿と精神の強さには一目置いていましたが、
今回のフットワークの軽さと生命力には感服致しました。

彼の姿は別に、というか決して真似したくはないんだけど、
非常に参考になるね。



とても大きな、世界規模での人間のライフスタイルの話になるけど、
都市生活における “フットワークの軽さ”、そして “ものを持たない” “共同所有” というスタイルは
今後間違いなく拡大すると思う。


今でも具体的に何をやっているのか庶民のおれにはよく分からない
ハイパーメディアクリエイターの高城剛さん。
たまに読む彼のブログ記事は非常に難しい、が非常に勉強になる。
2009.9.4の change という記事に書かれているビジョンは、彼だからこそ可能ということもあるが、
現代を生きる上でおもしろい視点だと思う。


インテリア、プロダクトデザインを始め、様々な業界に影響を及ぼす世界的な見本市 Maison & Objet
ちょうど今月パリで開催される最新テーマが「COHABITATION(共同生活)」。
ものを極力増やさず、クリエイティブなアイデアや技術の集結による新しい生活提案のようです。

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とうに地球のキャパを超えて繁栄し過ぎた人間は、この先どう賢く生きていくか。
既にあるものを、争わずにどう賢く共有していけるか。

欧米に遅れながらも日本でも拡大し始めたブランドレンタル、車・自転車のシェア、ルームシェアなど。
そして、良い悪いに関わらず、家族構成の多様化、ネットカフェで生活が可能な事実など...

大きな流れになりそうです。





Kの行動からいろいろと発展し過ぎましたが、

彼は今日も激務に追われながら元気に生きていることでしょう。

陰ながら応援してますよ。

んで、ディレクターになったら

必ずメシをせびろうと思う。



posted by kissi at 19:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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