2011年08月25日

一杯の絆。


2011年8月25日 読売新聞 5面広告

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一杯の絆。


あの震災直後、

店頭から牛乳が消えた頃のことを、あなたは覚えていますか。


その頃、被災地の酪農関係者たちは、

かつてない困難の中にいました。

停電、断水、交通網、情報網の寸断。

特に停電は深刻で、そもそも搾乳する機器も、

乳業工場も稼働できない状態がつづきました。

加えて交通網の寸断で、集乳もままならない。

そんな危機的な状況下、生乳廃棄という

苦渋の決断をせざるをえませんでした。


しかし、それでも酪農家たちは搾乳をやめませんでした。

それは、毎日搾ってあげないと

乳房炎になってしまう牛たちへの愛情。

さらには、自分たちの牛乳を

心待ちにしている人々への責任感からでした。


一方で、一刻も早く集乳と生産の再開ができるよう

生乳の流通に携わる人々は、乳業工場の関係者たちと

連絡を取り合い、行動を起こしました。

小型の発電機を見つけて、酪農家のもとへ融通する。

重油が足りず稼働できない工場へ、重油を手配する。

さらには、寸断されてしまった集乳ルートの調整。

被災していない乳業工場への緊急的な生乳の搬入も行われました。

そこには、牧場から食卓へ一杯の牛乳をリレーする人々の

プライドと長年培った絆がありました。


今ではもう、あたりまえに店頭に並んでいる牛乳。

そのあたりまえの一杯には、

こうした日本の酪農関係者たちの深い絆によって、

今日も守り抜かれているということ。

あなたにも知ってもらえたら、うれしい。



一日も早い被災地の復興をお祈り申し上げます。

全農


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

仕事でお世話になっている写真家・馬場道浩さん撮影。





朝、一杯の牛乳を飲むとき、ほんの少しでも考えてみようと思った。

牛乳だけではない、何かを食べるとき、思い出してみたい。

あたりまえにあるのではない、多くの人の手と、多くの絆で届けられていることを。



それでも、牛と生きていく。

ちょうど一年前も、力強いメッセージが載りました。

そしてまた、日本の酪農関係者に災難がふりかかっています。

それは、かつてないほど深く、厳しいものです。

ただ、私たち一人ひとりがまず知ること、考えることで

何かが変わるかもしれません。



農業・漁業は、“いのちをつむぐ” お仕事。

人が生み出してしまった災いは、人の絆で乗りこえる。

そう願って、そう信じて、

今日も一杯の牛乳を飲もうと思う。


posted by kissi at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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