2011年04月14日

夜明けまで。


2011年3月11日に東北・関東地方で発生した未曾有の大震災により、
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますと共に、
甚大な被害を受けられた皆様とそのご家族に、心からお見舞いを申し上げます。
一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。







夜明けのうた
作詞:岩谷時子 作曲:いずみたく


夜明けのうたよ

あたしの心の きのうの悲しみ
流しておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心に 若い力を
満たしておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心の あふれる想いを
判っておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心に おおきな望みを
抱かせておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心の 小さな倖せ
守っておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心に 思い出させる
ふるさとの空










毎日くりかえし流れるあの日の映像。

毎日くりかえし報じられる不安な情報。

毎日くりかえし、悪い夢にひきずり戻すかのようにやってくる震え。

毎日くりかえし、さがしても、さがしても、もう見つからない大切なものたち。



いまこの瞬間も被災地で苦しんでおられるみなさんの痛みは、想像を絶するものだと思います。

「がんばれ」 「がんばって」、決して言えない。

もう十分に、がんばっている。

生まれ育った、慣れ親しんだふるさとが、跡形もなくなくなってしまった。

疲れた身体を休める家が、なくなってしまった。

そして、大切なひとが、思い出が、なくなってしまった。



それでも、泣き喚きもせず、暴れもせず、

みんなで力を合わせて、助け合って、がんばっている。

未来もまったく見えず、真っ暗な中、手探りでがんばっている。



「東北の人は我慢強い」、そう言われている。

確かに、すごいと思う。

でも、もういまは十分だと思う。

我慢して我慢して、立ち上がれなくなるほど疲れ切ってしまうより、

少し弱音を吐いて、泣いて、助けを求めて、どうか休んでほしいと思う。







昭和に、こんな唄があったのですね。

昨日、東京事変のカバーで公開され、初めて聴き、とても胸を打たれました。

“「大勢のかたにいまいちど口ずさんで戴きたい」と言うほうが、いまのほんとうです。
突然の災いに生命を落とされた方々のご冥福をお祈り申し上げて。
それでも生きている今日のわたしたちに、 こっそり贈り物をくださっていた作家のお二人へ
胸一杯の敬意を込めて。”

2011年卯月の初めに 椎名林檎




戦後の日本で、多くの人が口ずさんだというこの曲に、

被災地の人びとの、心の声が表れているように思えて。

被災地の支援ソングじゃない、鼓舞したり勇気づけるものじゃない。

被災地の苦しみを代弁し、一緒に泣いて、一緒に願う、そんな存在も必要だと思った。

誰に対してでもなく、「どうか、お願い」、「どうか、しておくれ」と。

そして、そんな時、みんなで、国全体で手を差しのべてあげられる、

そんな国であってほしいと思う。

自分の無力さを痛感しながら、できることをやりながら、ただただ祈っております。





Z322005970.jpg
東京事変 - 夜明けのうた
http://www.youtube.com/watch?v=Qj_OGCbqplU

“この唄をご存知ですか。
もしよろしければあたらしく、みなさまのレパートリーへ加えてくださいな。
ご一緒出来るいつかの夜明けを夢みて。”

林檎






東の水平線から昇る太陽が、被災地の人びとの笑顔を照らし出すまで。

そんな、夜明けまで。

ぜひ、みんなでご一緒したいと思います。






posted by kissi at 02:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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