2010年08月24日

それでも、牛と生きていく。

宮崎、27日に口蹄疫終息宣言
[2010年8月23日 ロイター]
http://jp.reuters.com/article/kyodoPoliticsNews/idJP2010082301000687






今年4月から、遠い宮崎の地で猛威をふるった口蹄疫。
先月に非常事態宣言が解除されてから、その状況はほとんど私たちの耳に入ってくることがなくなりました。
そして昨日、メディアから27日に正式な「終息宣言」が出される予定だと発表がありました。

しかし、たとえば “戦争” を思い浮かべてみます。
終戦の宣言が出されたからといって、人々の戦いはそこで終わりでしょうか。
街は破壊され、仕事はなくなり、愛する家族まで失った人々の計り知れない苦しみ...
本当の “闘い” は、そこから始まるのではないでしょうか。

宮崎の畜産農家の人々にとって、その長く壮絶な闘いは始まったばかりです。
突如襲ってきた口蹄疫という見えない敵に、牛と、共に生きる仲間たちとの穏やかな生活をすべて奪われ、
自らの手で大切に育ててきた子供たちを殺さなければならなかった痛みは、
私たちの想像の及ぶところではありません。
ニュースで放映された、にぎやかな主のいなくなった牛舎の前で立ちつくすおじさんの姿...
深く心に残っています。

ただ、彼らは再び立ち上がらなければなりません。
残された仲間たちとの生活を取り戻すために、県の産業復活のために、そして日本のために。
すべてを失った後、また一から新しい命を育んでいくために。





仕事のつながりで知ることができた、7月28, 29日の読売新聞に掲載されたある広告。

この広告のメッセージが、一人でも多くの人に届くことを願って、以下にご紹介させていただきます。



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それでも、

牛と生きていく。




闘いがはじまったのは、4月。

それは、長く厳しいものになりました。

わが子のように慈しんだ、牛たちのいのちが失われていく。

全国のともに牛と生きる仲間の営みを

守るためとはいえ、それはつらい決断でした。

それでも、歯をくいしばって、

宮崎の、全国の、牛と生きる人々がひとつになって

見えない敵、口蹄疫と闘ってきました。

さらには、畜産、酪農に関わる人々が、

昼夜を問わず懸命に、この闘いを支えてきました。

しかし、本当の闘いは、これからです。

あの牛舎に再び、牛たちが戻ってくる。

あたりまえに牛と生きる日々が帰ってくる。

その日まで、そしてその先も、

長く厳しい闘いは、つづくのです。



それでも、牛と生きていく。

その意志が、希望が、決して挫けないように。

私たちJAグループは、これからも、

全力で支えていきます。



一日も早く、また、牛と生きる日々を。

全農






Twitter でもつぶやかれていましたが、この広告は多くの人の目に留まったというよりは、
多くの人の“心に留まった”のではないかと思います。

「生きるという字に “牛” が入っている」 というコメントもありました。
確かに、牛という字に一本足すと “生” という字になります。

まさに、牛と共に生きていく人間を表しているようです。

写真のスコップを握る手は、大切な牛たちを、動かなくなった牛たちを、
別れを惜しむ間もなく、作業のように埋めさせられた後の手でしょうか。
牛たちの残した糞尿など、なつかしいようなその臭いのする遺物を、
牛舎から跡形もなく消し去る作業の後でしょうか。

その強く握った手が伝えるもの。

理不尽な運命への憤りと悲しみに打ち震えながら、

「それでも、おれたちは牛と生きていく」 という強い意志。



何にもできない私ですが、

宮崎のみなさま、心から応援しています。



posted by kissi at 22:12| Comment(4) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月03日

週末と終末の別れ道 @ 高柄山

中央線にいつもと逆のホームから乗車し、夏を感じに。

週末の気軽な旅、これも中央線の魅力です。

高尾からさらに中央本線甲府行きに乗り換え、四方津駅(山梨県)へ。

今回週末のリフレッシュを楽しむ山は、高柄山(たかつかやま―733m)。

昨年の富士山の時のT郎とともに。

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通路を抜けると、そこはもう山でした。

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ひさしぶりの山の匂い。

やっぱり山はいい。

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ルートを間違え、行き止まりのトンネルへ。

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しばし灼熱の太陽を避け、風を感じられる山の優しさ。

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高柄山 山頂着。

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T郎作、マーボー豆腐&親子丼は上出来。

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一応、記念撮影。

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ただ...

実はこの時すでに2人とも消耗し切っていました。

それもそのはず、この高柄山、

T郎の持っている 「関東の山あるき100選」 の中で “健脚向” に設定されているらしいです。

この本では関東近郊の山を 【健脚向28】 【一般向61】 【家族向11】 に分類していて、

高柄山は 【健脚=上級者向】 の中でも1000m以下でランクされている唯一の山なのです。

ちなみに富士山は 【一般向】 に設定されています。

つまり、たった733mだからといってナメきって、運動不足の解消と気分転換程度の週末の娯楽として

この30℃を超える猛暑の中、気軽に臨むような山ではなかったのです。

どうりでほとんど人と出会わないわけだ。

この話を登っている途中にT郎から聞き、なぜ最初に言わねえんだ!とキレそうになりました。



でも、もう登ってきちゃいました。

山は登ったら下りなければいけません。

ここから、週末と終末の別れ道に向かうことになります。

帰りの写真は一枚もありません。

それどころじゃなかったからです。



この高柄山、登りでも感じましたが、とにかく道が悪い。

そして登ったと思えば急に下り、そしてまた登るという激しいアップダウンの繰り返し。何十回も...

たとえば富士山のように道も良く、登るなら登る、下るなら下るという意識ではいられません。

本当に、精神的にまいるような道のりです。

そして、容赦ない陽射し。

山頂を出て30分くらいで頭が熱くボーっとしてきました。こういうのが熱中症というのでは、と思いました。

気分が悪く、こまめに休憩し水を取りながら、ひたすら歩きます。

ボーっとしてるからといって、一歩踏み外せば落ちていくような道も多く気が抜けません。

前方を歩くT郎もかなりしんどいはずなのに、気分を盛り上げようとサッカー部時代の声出しをしています。

「おーぃ、がんばろーぜーぃ」 というそのテキトーな掛け声に、気分の悪いおれはイラっとしっぱなしでした。

ふつうに 「うるせえ!」 とも言いました。

『落石注意』 という看板のある場所で、上から石をぶん投げてやろうかとも思いました。

人の優しさとか気遣いって、時と場合によっちゃ逆効果なんですね。



2人とも本気でヤバイと思い始めたのは、水が底を突きかけている中で、

下るべき道が再び急な上りになった時でした。

せっかくかなり下ってきたのに、また頂上を目指すかのような道のりに変わったのです。

さすがにこの時は2人とも顔を見合わせ、「ここまできて道間違えたのか?」 と絶望を感じたものです。

でも、もう戻って確認するような体力も残っていません。

後から話してわかったことは、T郎はこの時、山での夜や生死について想像していたそうです。

おれはおれで “遭難” の二文字が頭を過ぎり、110番かけたら山梨の管轄に直接つながるんだろうか、

などと本気で考えていました。



それから間もなくして、2人の水は底を突くことになります。

たった733mだと甘く考えていたのと、昼飯のマーボー豆腐で無駄に水を消費したことも原因のひとつです。

本当にもう、ダメかと思いました。



そんな時、水の流れる音が!

嬉しくて転げるように下りていくと、どこからか湧き出ている水が流れています。

頭が熱くておかしくなりそうだったおれは、真っ先に頭を冷やしました。

本当に、幸せな瞬間でした。

喉の渇きも限界でしたが、手ですくってみたその水は明らかに茶色く濁っています。

微生物や泥やなんやらがいっぱい雑じっているはずです。

正直ためらったおれは、隣でT郎が無我夢中でその水を飲んでいるのを目撃し、

極限状態の人間の姿を見た気がしました。

結局おれは一口だけその水を飲み、あとはいざという時のためにペットボトルに汲んでおきました。

T郎は1リットル近く飲んだそうです。

生きるか死ぬかで、濁りなんか気にしちゃいられなかったみたいです。



結果的に、その水場から10分程歩いたら上野原町の下山口に出れました。

最初の民家が見えた瞬間の嬉しさといったら、もうたまりません。

下山して最初の自販機で、なぜかカルピスを一気飲み。

そして道路に座り、改めてリュックに入っていた先ほど汲んだペットボトルの水を眺めてみます。

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よくもまあ、こんな茶色く濁った水を飲んだものだ...

ただ、あの状況で選択肢はなかったのです。





今回の登山には多くの別れ道がありました。

道も間違えたし判断に迷った場面も多かったですが、結果的に無事帰ってこれました。

結果オーライです。

ただ、心底疲れました。

帰りに高円寺にて焼肉とビールで労いの乾杯。

無事に帰ってこれたからこそ語れる話をしました。

「おれ正直おまえ殺そうとしたからな〜」 とも正直に伝え、笑って済ませました。





これだけは言えることは、

山も人間も、見た目や数字じゃ測れねえってことですね。

改めて、山はイイ。

いろいろ人生を教えてくれます。

これからまた始まるであろう忙しい日々でも、必ず活きることでしょう。



しばらく山はお休みです。



posted by kissi at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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