2012年03月01日

Earth Hour 2012 - the bud of Global Common Sense.



今年のEarth Hour(アースアワー)の動画は何度見ても本当にすばらしい。
ぐっとくるものがあります。


「“行動”を起こす人が孤独ではなくなった」

「個の力の“つながり”は世界を変える」

そんなメッセージを強く感じます。



日常の中で、社会を変えたい、地球環境を少しでも良くしたいと思い、小さな努力をコツコツ実践する人。

その“行動”に対して、「そんなことじゃ何も変わらないよ」「バカみたい」と白い目で見るような、
そんな風潮の時代もありました。


でも、行動を起こす人たちに勇気を与えたのが、インターネットやソーシャルメディア。
同じ意志を持つ人たちに“つながり”をもたらし、パワーを与えたのです。

It is the bud of Global Common Sense.



3/31(土)8:30pm

世界中で多くの明かりが消え、

世界中の多くの人の心に明かりが灯ることでしょう。



ぜひ、この動画、電気を消して見てみてください。

Music by Sigur Ros "Hoppipolla"


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2012年01月01日

2012.

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2011年11月11日

他人(ひと)を想う国。

いつの間にか、もう2011年も終わりに近づいてますね。
本当にはやいものです。


この時期になると聞こえてくるのが、「年賀状」発売のニュース。
ここ数年は「若者の年賀状離れ」などの嘆きが多かったのですが、
今年はちょっと違うようです。


日本伝統の年賀状文化。
一年を振り返りながらお世話になったひとや遠くにいるひとを想い、
御礼と新年を迎える喜びの気持ちを伝える習慣。


2011年を振り返ってみると、あの大震災が思い浮かばないひとはいないでしょう。
多くのものが失われ、いまなお多くのひとがつらく厳しい生活を強いられています。

日本人にとって決して忘れることのできない一年。
そんな年の年賀状には、ごく自然にですが、
年賀状文化が始まって以来初めての大きな変化が生まれているようです。


「賀正」 「謹賀新年」 「あけましておめでとう」

長きにわたって用いられてきたこれらの定型文に代わり、


「ありがとう」 「絆」 「元気」 「力を合わせて」 「がんばろう」 「未来」...

といった言葉の登場。


それは、形式的な文言を伝えたいのではなく、
不幸のあった方への単なるマナーではなく、
「日本」という大きな括りで、心からの想いを届け合いたい気持ちの表れです。

安否がわからないひとたちに「元気だよ」という無事を伝える「挨拶状」や、
散り散りに別れて住所がわからないひとにオンラインで送れる年賀状サービスも出てきています。


新しい年を迎えた時、こうした言葉を目にできる幸せ。

あらためて、すばらしい国に生きているなと感じます。

日本の礼儀、マナー、サービス、ものづくり...

世界が称賛するそのすべては、

他人(ひと)を想う日本人のあり方そのものです。



2011年、大きな悲しみが生まれた年であり、

大きな誇りに気づいた年でもあるのではないでしょうか。








大学時代に初めて聞いたときから漠然と良い曲だなと思っていましたが、
今年は本当に歌詞のひとつひとつが入ってきました。
おそらく、あの日以降増えた多くのコメントも同じ気持ちでしょう。

「to U」

まさに 「他人(ひと)を想う」 一曲です。



今日でちょうど8ヵ月、まだまだ時間はかかると思います。

いろんな問題、課題が山積みです。

でも、日本はだいじょうぶ!

なぜか、そんな気がするのです。



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2011年09月20日

フットボールのある風景。


1963, West Germany
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1982, Mexico
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1983, Grenada
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1986, Peru
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1988, Jamaica
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1988, Bolivia
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1990, Saudi Arabia
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1994, Portugal
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1996, Burma
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1998, Iran
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1998, France
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2001, Afghanistan
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"There are few things that unify people across the world better than the game of football." - Simon Kuper





フットボールとは、サッカーとは、

ただ群がって球を蹴り合い、勝ち負け云々で一喜一憂するものではない。

スタジアムで、学校で、公園で、路地裏で、バーで、

時には銃弾の飛び交う街で、時には飢餓に苦しむ村で、

そこに球さえあれば、人びとに熱狂と興奮、感動、喜びを提供するもの。

そして、世界を平等なフィールドで、共通のルールで、“つなげる”もの。



そんなフットボールのある風景を、

死ぬまで愛でていたいと願う。











posted by kissi at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | Football | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月25日

一杯の絆。


2011年8月25日 読売新聞 5面広告

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一杯の絆。


あの震災直後、

店頭から牛乳が消えた頃のことを、あなたは覚えていますか。


その頃、被災地の酪農関係者たちは、

かつてない困難の中にいました。

停電、断水、交通網、情報網の寸断。

特に停電は深刻で、そもそも搾乳する機器も、

乳業工場も稼働できない状態がつづきました。

加えて交通網の寸断で、集乳もままならない。

そんな危機的な状況下、生乳廃棄という

苦渋の決断をせざるをえませんでした。


しかし、それでも酪農家たちは搾乳をやめませんでした。

それは、毎日搾ってあげないと

乳房炎になってしまう牛たちへの愛情。

さらには、自分たちの牛乳を

心待ちにしている人々への責任感からでした。


一方で、一刻も早く集乳と生産の再開ができるよう

生乳の流通に携わる人々は、乳業工場の関係者たちと

連絡を取り合い、行動を起こしました。

小型の発電機を見つけて、酪農家のもとへ融通する。

重油が足りず稼働できない工場へ、重油を手配する。

さらには、寸断されてしまった集乳ルートの調整。

被災していない乳業工場への緊急的な生乳の搬入も行われました。

そこには、牧場から食卓へ一杯の牛乳をリレーする人々の

プライドと長年培った絆がありました。


今ではもう、あたりまえに店頭に並んでいる牛乳。

そのあたりまえの一杯には、

こうした日本の酪農関係者たちの深い絆によって、

今日も守り抜かれているということ。

あなたにも知ってもらえたら、うれしい。



一日も早い被災地の復興をお祈り申し上げます。

全農


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仕事でお世話になっている写真家・馬場道浩さん撮影。





朝、一杯の牛乳を飲むとき、ほんの少しでも考えてみようと思った。

牛乳だけではない、何かを食べるとき、思い出してみたい。

あたりまえにあるのではない、多くの人の手と、多くの絆で届けられていることを。



それでも、牛と生きていく。

ちょうど一年前も、力強いメッセージが載りました。

そしてまた、日本の酪農関係者に災難がふりかかっています。

それは、かつてないほど深く、厳しいものです。

ただ、私たち一人ひとりがまず知ること、考えることで

何かが変わるかもしれません。



農業・漁業は、“いのちをつむぐ” お仕事。

人が生み出してしまった災いは、人の絆で乗りこえる。

そう願って、そう信じて、

今日も一杯の牛乳を飲もうと思う。


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2011年05月17日

Century Plant.

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リュウゼツラン(龍舌蘭)
英名:Century Plant
漢名:世紀樹、萬年蘭


かつて、百年に一度しか開花しないと思われていたことからこう呼ばれる。
気候によるが、熱帯地域では10〜20年、日本では30年〜60年で開花する。
一回結実性植物のため、一生に一度だけ開花し、枯れていく。



不細工だっていいじゃないか。

誰の目にもとまらなくたっていいじゃないか。

乾いた大地で長い間孤独に耐え忍び、ここぞとばかりに花茎を空に向かって伸ばして、

一生に一度、精一杯手を広げ、花を咲かせ、そして朽ちていく。

豪快に、儚く。



うーん、見事。

ぜひ一度、お目にかかりたい。

世界は広い。



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2011年04月22日

「想定外」のつよさ。

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ぜひ、みてください。

感じてください。

応援しましょう。



まさに、「想定外」のつよさ。

たくましさ。

ひとのパワーです。



粉塵と黒煙がおさまった被災地から、

希望の狼煙が立ち上っています。




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2011年04月14日

夜明けまで。


2011年3月11日に東北・関東地方で発生した未曾有の大震災により、
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますと共に、
甚大な被害を受けられた皆様とそのご家族に、心からお見舞いを申し上げます。
一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。







夜明けのうた
作詞:岩谷時子 作曲:いずみたく


夜明けのうたよ

あたしの心の きのうの悲しみ
流しておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心に 若い力を
満たしておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心の あふれる想いを
判っておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心に おおきな望みを
抱かせておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心の 小さな倖せ
守っておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心に 思い出させる
ふるさとの空










毎日くりかえし流れるあの日の映像。

毎日くりかえし報じられる不安な情報。

毎日くりかえし、悪い夢にひきずり戻すかのようにやってくる震え。

毎日くりかえし、さがしても、さがしても、もう見つからない大切なものたち。



いまこの瞬間も被災地で苦しんでおられるみなさんの痛みは、想像を絶するものだと思います。

「がんばれ」 「がんばって」、決して言えない。

もう十分に、がんばっている。

生まれ育った、慣れ親しんだふるさとが、跡形もなくなくなってしまった。

疲れた身体を休める家が、なくなってしまった。

そして、大切なひとが、思い出が、なくなってしまった。



それでも、泣き喚きもせず、暴れもせず、

みんなで力を合わせて、助け合って、がんばっている。

未来もまったく見えず、真っ暗な中、手探りでがんばっている。



「東北の人は我慢強い」、そう言われている。

確かに、すごいと思う。

でも、もういまは十分だと思う。

我慢して我慢して、立ち上がれなくなるほど疲れ切ってしまうより、

少し弱音を吐いて、泣いて、助けを求めて、どうか休んでほしいと思う。







昭和に、こんな唄があったのですね。

昨日、東京事変のカバーで公開され、初めて聴き、とても胸を打たれました。

“「大勢のかたにいまいちど口ずさんで戴きたい」と言うほうが、いまのほんとうです。
突然の災いに生命を落とされた方々のご冥福をお祈り申し上げて。
それでも生きている今日のわたしたちに、 こっそり贈り物をくださっていた作家のお二人へ
胸一杯の敬意を込めて。”

2011年卯月の初めに 椎名林檎




戦後の日本で、多くの人が口ずさんだというこの曲に、

被災地の人びとの、心の声が表れているように思えて。

被災地の支援ソングじゃない、鼓舞したり勇気づけるものじゃない。

被災地の苦しみを代弁し、一緒に泣いて、一緒に願う、そんな存在も必要だと思った。

誰に対してでもなく、「どうか、お願い」、「どうか、しておくれ」と。

そして、そんな時、みんなで、国全体で手を差しのべてあげられる、

そんな国であってほしいと思う。

自分の無力さを痛感しながら、できることをやりながら、ただただ祈っております。





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東京事変 - 夜明けのうた
http://www.youtube.com/watch?v=Qj_OGCbqplU

“この唄をご存知ですか。
もしよろしければあたらしく、みなさまのレパートリーへ加えてくださいな。
ご一緒出来るいつかの夜明けを夢みて。”

林檎






東の水平線から昇る太陽が、被災地の人びとの笑顔を照らし出すまで。

そんな、夜明けまで。

ぜひ、みんなでご一緒したいと思います。






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2011年01月22日

2011。

たいへん遅ればせながら...

新年あけまして

おめでとうございます。

本年もどうぞ

よろしくお願い申し上げます。








1/2より一週間、ドイツ&ポーランドに出張に行っておりました。

出張の内容はさておき、激動の一年を予感させるものでした。

間違いなく、忙しい一年になるでしょう。

というか、忙しい一年にしなくてはなりません。





2010年は、いわば自分にとって 「変化」 の一年。

2011年は、 「進化」 の一年にしたいですね。

そう、−10℃の世界で誓ってきました。



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2011.1.4 Poland, Warsaw





先日、情報収集している際に、ふと思い出してのぞいてみた

世界にひとつの肩書きを持つ男、ハイパーメディアクリエイターさんのブログ

エリカ様の日本復帰の噂とともに、またいろいろと追い回されるのでしょうね。

その真相とか彼のお仕事にはまったく興味がないのですが、

「世界の動きをとらえる視点」 は参考にさせていただきたい。

なんせ、〜評論家と呼ばれる人たちよりまちがいなく世界を飛び回り、肌で感じているだろうから。



2011.1.12 の彼の投稿 「8月27日。」 によると、

新世紀のはじめの10年は乗り換え期間。

つまり、昨年2010年までが二十世紀。

今年2011年からが本格的に二十一世紀に突入すると。



この表現は、あながちまちがってはいないかもしれない。

先日、ついに中国が日本のGDPを抜き世界第二位になった。

足踏みを続ける日本を尻目に成長を続ける中国、ASEAN諸国。

facebookをはじめ、世界を席巻するソーシャルメディアは、メディアの形態そのものを変える。

昨年と言われていた「電子書籍元年」は、おそらく今年だろう。

新世紀の幕開け、世界も激動の一年になるかもしれない...





とか、そんな世界のことを考えるより先に

「引っ越し」 と 「PC買換え」 という身近な新世紀の幕を開けねば!

ちなみにいまこの文字を打っているPCは、大学入学時に強制購入させられた8年もの。

奇跡のパソコンです。

ときどき雷のような音が鳴り、電源が落ちます。

お別れですね。





そんなこんなで、

みなさま、今年もよろしくお願いしまっす。



呑もう♪
posted by kissi at 14:00| Comment(5) | TrackBack(0) | Daily | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月17日

世界の果て。なんにもなくて、すべてがある場所。

ひとつ、夢がある。

ある時、ぽっ と生まれた夢で、

それは、仕事の成功とか将来こうありたいといったような時々で変化する夢とは別のところに置いてある、

ただ単純に、純粋に 「行ってみたい」 というだけの夢。





世界の果て、アイスランド。

その大地に、いつの日か立ってみたい。

ただ、それだけの夢。










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なんにもなくて、すべてがある場所。





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“幸福度” というよくわからない指標を用いた世界の国別ランキングがたまに発表されるが、

必ずアイスランドは上位に入る。

このランキングを信じるわけではないし、アイスランド人に直接聞いたこともないけれど、

本当に “幸せ” なのだろう。

それは自分が考える “幸せ” とは、おそらく異なるもの。

自分は、日本という国で生活し、他人や他の世界の情報に触れ、そして理想の “幸せ” を探し続けている。

アイスランドの人たちはどうなのか。


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もちろん、島国のアイスランドはいくつもの変化や苦しい時代を生きてきた。

ただ、昔から変わることのない自分たちの “あるべき姿” を決して忘れてはいない。

from COURRiER Japon 2008年12月号―「金融危機」後の世界―
≪バブルがはじけた現在(いま)、漁業とアートの国に戻ろう≫

73歳の老人、パルメー・ヴィダルはこう言っている。
―「この小さな国は昔から、大祝宴の狂喜と飢饉の苦しみを繰り返してきました。羊バブルがはじけたり、ニシン船が釣果なしで戻ってきたりしたこともありました。しかし、どんなときでもアイスランド人は不撓不屈でした。ここ数年、私たちの社会は、あまりいい方向に進んでいませんでした。私が子供だった頃、入り江に魚釣りに出かけ水に濡れたら、翌日まで魚釣りには行けませんでした。ズボンを一着しか持っていなかったからです。最近の人たちは、ズボンを持ちすぎていたのでしょうね」

アーティスト/デザイナーのヨーン・サイムンデュル・アータルソンはこう話す。
―「この国の文化は私たちに力を与えてくれます。アイスランド人は誇り高き民族で、もっとつらい状況も生き抜いてきました。数百年前に火山が噴火したとき、アイスランド人は穴を掘って地下で暮らしていたそうです。そもそもこの国にお金が出回るようになったのは第二次世界大戦後のことにすぎません。餓死することなんてありませんよ。魚がたくさんいますからね」


近年、“外部” からの影響による経済破綻の危機巨大IT企業の進出天然資源を狙う各国の存在など、

様々な変化が取り沙汰されている。

ただ、その場所で生きる人たちにとって、

これからも決して “変わらないもの” “変えないもの” があるのだと思う。





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普通に生活していれば決して出逢うことのできない、その地の空気、文化や価値観を体感する “夢”。

大地から噴き出した温かな水が溜まった広大な地球の “くぼみ” に浸かり、果てしなく青い空を見上げながら

「さあ、来たぞ。 いま、どう感じる?」

と、自分自身に問いかけてみたい。

その時にはもっといろんな世界を見ているかもしれない自分が、

「なんだ、こんな何もないつまらない場所に来るのが夢だったのか」 と思うのか、

「すべてがある」 と感じるのか、

それは、その瞬間にしかわからない。





Sigur Rós - Glósóli [Heima]




夢が、ぽっ と生まれた瞬間。

2005年7月9日、旅先、グラスゴーの小さなライブ会場。

不思議なベールに包まれたステージ目の前で、

それまで出逢ったことのない、まるで空間の境い目が吹き飛ぶような、壮大な音の世界にいた。

“なくした太陽を探しにいく” という物語。

自分が生きてきた場所には存在しない、その場所でしか生まれ得ないようなその音に触れ、

「この音が生まれる場所に行きたい」 と願った。

その後、「せっかくその場所と近い距離にいるのだから行っておこう」 と、

留学先のロンドンに戻ってすぐに格安エアラインでレイキャビク行きのチケットを購入したが、

原因不明のカード会社のエラーでキャンセルとなり機を逃すことになった。

でも、あの時点の無知な自分で行かなくてよかったと、いまは思う。





“夢” として心に置いておき、いつかどこか相応しいタイミングで、必ず叶えようと思っている。

“夢” といっても、別にその場所で暮らしたいわけではない。

ただ、感じておきたいだけ。

その世界の果ての “なんにもなくて、すべてがある場所” に立ち、呼吸し、

その地で暮らす人々の生活に触れることは、

自分にとって必ず、その後の生き方を考える大きなきっかけになるだろう。

いま、そう思う。





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参考:
Visit Iceland:http://www.visiticeland.jp/happy/index.html
ORGANIC STONE:http://blog.goo.ne.jp/pointdpo/e/eb4dfd7d81aa0b6d533d99d672838a15
COURRiER Japon 2008年12月号

posted by kissi at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | World | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする