2013年07月08日

ヴァーチャルどこでもドア

Take me somewhere else...

ここではないどこかへ連れてって。


「 ヴァーチャルどこでもドア -The Secret Door- 」

※行き先の希望は受け付けません
The Secret Door

The Secret Door is presented by Safestyle UK

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2013年06月11日

ボールピープル

ようやく手もとに届いた一冊の本。

昔からだいすきであこがれた雑誌『Number』の紀行ものを中心に、スポーツ写真や人物ポートレートなどを撮り続けてきた写真家・近藤篤さんが、ライフワークとして撮影してきた世界のあらゆる場所でサッカーに興じる人びとの風景を2年半かけてまとめた

“サッカーから世界を眺める” フォトブック。

心底、萌えました。宝物にします。



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なぜそこでもボールを蹴らなければならないのか?

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まぁいいんだけどね、どこでボールを蹴ったって。



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カトマンズの東のはずれで。

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ブラジルのビーチで。

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岩手県大槌町で。



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大切なのは、ボールから目をそらさないこと。

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ボールの向こうには見たことのない人々がいる。

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マサイ族のヘディングはまっすぐ上に飛ぶ。

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かわいい どうでもいい

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おっさんだってまだまだ現役。



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サッカーのことばっか話してる男の子は好きじゃない、と彼女は言う。

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だってぼくサッカーのことしか興味ないんだもん、と彼は言う。



『ボールピープル』
この星は、人とボールでできている。

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2012年07月23日

The Future is Ours.

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The Future is Ours.





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2012年03月01日

Earth Hour 2012 - the bud of Global Common Sense.



今年のEarth Hour(アースアワー)の動画は何度見ても本当にすばらしい。
ぐっとくるものがあります。


「“行動”を起こす人が孤独ではなくなった」

「個の力の“つながり”は世界を変える」

そんなメッセージを強く感じます。



日常の中で、社会を変えたい、地球環境を少しでも良くしたいと思い、小さな努力をコツコツ実践する人。

その“行動”に対して、「そんなことじゃ何も変わらないよ」「バカみたい」と白い目で見るような、
そんな風潮の時代もありました。


でも、行動を起こす人たちに勇気を与えたのが、インターネットやソーシャルメディア。
同じ意志を持つ人たちに“つながり”をもたらし、パワーを与えたのです。

It is the bud of Global Common Sense.



3/31(土)8:30pm

世界中で多くの明かりが消え、

世界中の多くの人の心に明かりが灯ることでしょう。



ぜひ、この動画、電気を消して見てみてください。

Music by Sigur Ros "Hoppipolla"


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2012年01月01日

2012.

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2011年11月11日

他人(ひと)を想う国。

いつの間にか、もう2011年も終わりに近づいてますね。
本当にはやいものです。


この時期になると聞こえてくるのが、「年賀状」発売のニュース。
ここ数年は「若者の年賀状離れ」などの嘆きが多かったのですが、
今年はちょっと違うようです。


日本伝統の年賀状文化。
一年を振り返りながらお世話になったひとや遠くにいるひとを想い、
御礼と新年を迎える喜びの気持ちを伝える習慣。


2011年を振り返ってみると、あの大震災が思い浮かばないひとはいないでしょう。
多くのものが失われ、いまなお多くのひとがつらく厳しい生活を強いられています。

日本人にとって決して忘れることのできない一年。
そんな年の年賀状には、ごく自然にですが、
年賀状文化が始まって以来初めての大きな変化が生まれているようです。


「賀正」 「謹賀新年」 「あけましておめでとう」

長きにわたって用いられてきたこれらの定型文に代わり、


「ありがとう」 「絆」 「元気」 「力を合わせて」 「がんばろう」 「未来」...

といった言葉の登場。


それは、形式的な文言を伝えたいのではなく、
不幸のあった方への単なるマナーではなく、
「日本」という大きな括りで、心からの想いを届け合いたい気持ちの表れです。

安否がわからないひとたちに「元気だよ」という無事を伝える「挨拶状」や、
散り散りに別れて住所がわからないひとにオンラインで送れる年賀状サービスも出てきています。


新しい年を迎えた時、こうした言葉を目にできる幸せ。

あらためて、すばらしい国に生きているなと感じます。

日本の礼儀、マナー、サービス、ものづくり...

世界が称賛するそのすべては、

他人(ひと)を想う日本人のあり方そのものです。



2011年、大きな悲しみが生まれた年であり、

大きな誇りに気づいた年でもあるのではないでしょうか。








大学時代に初めて聞いたときから漠然と良い曲だなと思っていましたが、
今年は本当に歌詞のひとつひとつが入ってきました。
おそらく、あの日以降増えた多くのコメントも同じ気持ちでしょう。

「to U」

まさに 「他人(ひと)を想う」 一曲です。



今日でちょうど8ヵ月、まだまだ時間はかかると思います。

いろんな問題、課題が山積みです。

でも、日本はだいじょうぶ!

なぜか、そんな気がするのです。



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2011年08月25日

一杯の絆。


2011年8月25日 読売新聞 5面広告

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一杯の絆。


あの震災直後、

店頭から牛乳が消えた頃のことを、あなたは覚えていますか。


その頃、被災地の酪農関係者たちは、

かつてない困難の中にいました。

停電、断水、交通網、情報網の寸断。

特に停電は深刻で、そもそも搾乳する機器も、

乳業工場も稼働できない状態がつづきました。

加えて交通網の寸断で、集乳もままならない。

そんな危機的な状況下、生乳廃棄という

苦渋の決断をせざるをえませんでした。


しかし、それでも酪農家たちは搾乳をやめませんでした。

それは、毎日搾ってあげないと

乳房炎になってしまう牛たちへの愛情。

さらには、自分たちの牛乳を

心待ちにしている人々への責任感からでした。


一方で、一刻も早く集乳と生産の再開ができるよう

生乳の流通に携わる人々は、乳業工場の関係者たちと

連絡を取り合い、行動を起こしました。

小型の発電機を見つけて、酪農家のもとへ融通する。

重油が足りず稼働できない工場へ、重油を手配する。

さらには、寸断されてしまった集乳ルートの調整。

被災していない乳業工場への緊急的な生乳の搬入も行われました。

そこには、牧場から食卓へ一杯の牛乳をリレーする人々の

プライドと長年培った絆がありました。


今ではもう、あたりまえに店頭に並んでいる牛乳。

そのあたりまえの一杯には、

こうした日本の酪農関係者たちの深い絆によって、

今日も守り抜かれているということ。

あなたにも知ってもらえたら、うれしい。



一日も早い被災地の復興をお祈り申し上げます。

全農


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仕事でお世話になっている写真家・馬場道浩さん撮影。





朝、一杯の牛乳を飲むとき、ほんの少しでも考えてみようと思った。

牛乳だけではない、何かを食べるとき、思い出してみたい。

あたりまえにあるのではない、多くの人の手と、多くの絆で届けられていることを。



それでも、牛と生きていく。

ちょうど一年前も、力強いメッセージが載りました。

そしてまた、日本の酪農関係者に災難がふりかかっています。

それは、かつてないほど深く、厳しいものです。

ただ、私たち一人ひとりがまず知ること、考えることで

何かが変わるかもしれません。



農業・漁業は、“いのちをつむぐ” お仕事。

人が生み出してしまった災いは、人の絆で乗りこえる。

そう願って、そう信じて、

今日も一杯の牛乳を飲もうと思う。


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2011年05月17日

Century Plant.

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リュウゼツラン(龍舌蘭)
英名:Century Plant
漢名:世紀樹、萬年蘭


かつて、百年に一度しか開花しないと思われていたことからこう呼ばれる。
気候によるが、熱帯地域では10〜20年、日本では30年〜60年で開花する。
一回結実性植物のため、一生に一度だけ開花し、枯れていく。



不細工だっていいじゃないか。

誰の目にもとまらなくたっていいじゃないか。

乾いた大地で長い間孤独に耐え忍び、ここぞとばかりに花茎を空に向かって伸ばして、

一生に一度、精一杯手を広げ、花を咲かせ、そして朽ちていく。

豪快に、儚く。



うーん、見事。

ぜひ一度、お目にかかりたい。

世界は広い。



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2011年04月22日

「想定外」のつよさ。

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ぜひ、みてください。

感じてください。

応援しましょう。



まさに、「想定外」のつよさ。

たくましさ。

ひとのパワーです。



粉塵と黒煙がおさまった被災地から、

希望の狼煙が立ち上っています。




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2011年04月14日

夜明けまで。


2011年3月11日に東北・関東地方で発生した未曾有の大震災により、
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますと共に、
甚大な被害を受けられた皆様とそのご家族に、心からお見舞いを申し上げます。
一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。







夜明けのうた
作詞:岩谷時子 作曲:いずみたく


夜明けのうたよ

あたしの心の きのうの悲しみ
流しておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心に 若い力を
満たしておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心の あふれる想いを
判っておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心に おおきな望みを
抱かせておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心の 小さな倖せ
守っておくれ

夜明けのうたよ

あたしの心に 思い出させる
ふるさとの空










毎日くりかえし流れるあの日の映像。

毎日くりかえし報じられる不安な情報。

毎日くりかえし、悪い夢にひきずり戻すかのようにやってくる震え。

毎日くりかえし、さがしても、さがしても、もう見つからない大切なものたち。



いまこの瞬間も被災地で苦しんでおられるみなさんの痛みは、想像を絶するものだと思います。

「がんばれ」 「がんばって」、決して言えない。

もう十分に、がんばっている。

生まれ育った、慣れ親しんだふるさとが、跡形もなくなくなってしまった。

疲れた身体を休める家が、なくなってしまった。

そして、大切なひとが、思い出が、なくなってしまった。



それでも、泣き喚きもせず、暴れもせず、

みんなで力を合わせて、助け合って、がんばっている。

未来もまったく見えず、真っ暗な中、手探りでがんばっている。



「東北の人は我慢強い」、そう言われている。

確かに、すごいと思う。

でも、もういまは十分だと思う。

我慢して我慢して、立ち上がれなくなるほど疲れ切ってしまうより、

少し弱音を吐いて、泣いて、助けを求めて、どうか休んでほしいと思う。







昭和に、こんな唄があったのですね。

昨日、東京事変のカバーで公開され、初めて聴き、とても胸を打たれました。

“「大勢のかたにいまいちど口ずさんで戴きたい」と言うほうが、いまのほんとうです。
突然の災いに生命を落とされた方々のご冥福をお祈り申し上げて。
それでも生きている今日のわたしたちに、 こっそり贈り物をくださっていた作家のお二人へ
胸一杯の敬意を込めて。”

2011年卯月の初めに 椎名林檎




戦後の日本で、多くの人が口ずさんだというこの曲に、

被災地の人びとの、心の声が表れているように思えて。

被災地の支援ソングじゃない、鼓舞したり勇気づけるものじゃない。

被災地の苦しみを代弁し、一緒に泣いて、一緒に願う、そんな存在も必要だと思った。

誰に対してでもなく、「どうか、お願い」、「どうか、しておくれ」と。

そして、そんな時、みんなで、国全体で手を差しのべてあげられる、

そんな国であってほしいと思う。

自分の無力さを痛感しながら、できることをやりながら、ただただ祈っております。





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東京事変 - 夜明けのうた
http://www.youtube.com/watch?v=Qj_OGCbqplU

“この唄をご存知ですか。
もしよろしければあたらしく、みなさまのレパートリーへ加えてくださいな。
ご一緒出来るいつかの夜明けを夢みて。”

林檎






東の水平線から昇る太陽が、被災地の人びとの笑顔を照らし出すまで。

そんな、夜明けまで。

ぜひ、みんなでご一緒したいと思います。






posted by kissi at 02:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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